リスクコミュニケーションという言葉は聞いたことがあるようで、実はあまり使われる言葉ではありません。「リスク+コミュニケーション」なので、なんとなくわかったような気にもなりますが、何を意味する言葉なのでしょう? 検索をすると厚生労働省や経済産業省、文部科学省、NITE(独立行政法人 製品評価技術基盤機構)など、中央省庁などのページがたくさん表示されます。特に政治・行政活動等では何らかのリスクが想定される事象・活動が多く、国民や地域住民、多くの利害関係者(ステークホルダー)に対しての説明(情報共有)、納得(承諾)、合意形成が必要になります。それらの説明、承諾、合意形成を行うために、今後障害になりうる可能性を極力低くし、円滑に活動等行うための役割を担うコミュニケーションを「リスクコミュニケーション」と言います。コミュニケーション不足から訴訟や計画中止にも大規模な環境変化を伴う土木工事や公共施設建設、改修を行うようなときにパブリックコメントを求めたり住民説明会を開いたりします。言葉を換えれば、「地ならし」や「証拠としての責任回避の場作り」のためにするコミュニケーション(説明会)とも言えます。利害関係者が多かったり複雑だったりすると一度では合意に至らず、何度も繰り返すことも珍しくありません。普天間基地移設や有明海の諫早湾埋め立て、成田空港建設などは何十年も前に計画がスタートし、既に運用が開始されたり工事が始まっているのに、いまだに裁判などで係争中です。いずれも十分な説明や合意形成が得られないまま、十分なリスクコミュニケーションをしないままに着手した結果です。最近では、東京都港区が青山五丁目、農林水産会館跡地に児童相談所や子ども家庭支援センターと母子生活支援施設が一体となった複合施設、「港区子ども家庭総合支援センター」の建設計画を発表した途端、地元住民から反対の声が上がり、ニュースなどでも取り上げられ話題となりました。住民説明会では「なんで青山の一等地にそんな施設をつくらなきゃならないのか」「港区としての価値が下がる」など、怒声がとんだといいます。「港区子ども家庭総合支援センター」は2021年4月に無事開館にこぎつけていますが、児童相談所や保護施設、あるいは保育園でさえ地域住民の反対で建設を断念するということが度々起こっています。合意形成の難しさを表すと共にリスクコミュニケーションがいかに重要かを示しています。身近なリスクコミュニケーション民間でも工場・発電施設や高層マンションなどを建設する際に説明会を開きます。建設中や建設後に周辺の生活環境や日常生活にどのような影響があるのか事前に説明するためです。何か変化が起こる時にはメリットだけでなく必ずデメリットを伴います。メリット・デメリットは物質的・金銭的な物以外にも、個々人の価値観やこだわり、対象に対して抱くイメージでも変わってきます。提案が多くの人にとってはとても魅力的でも、違う人にとっては許せない変化かもしれません。利害関係者間で多様な価値観を調整しながら、具体的な問題解決に向けたコミュニケーションが必要になります。老朽化したマンションの改修や建て替えなどがこれから増えてくるでしょうが、その合意に至るまでには住民間でのタフなリスクコミュニケーションが待ち受けています。日常生活では、携帯電話や生命保険の契約時に、「重要事項説明書」についてひとつひとつチェックしながら読み進め、最後に確認の署名を求められます。あるいは病気で入院し、手術が必要となったときにも手術の同意書にサインを求められます。WEBサービスの利用時も、利用規程を読んで「同意」した後でないと先に進めません。これらも、後から「言った、言わない、聞いてない」などのトラブルを無くすためのリスクコミュニケ-ションの一つです。食品や化粧品などのパッケージや商品等に義務化されている成分表示も同様のリスクコミュニケーションの一つです。企業にとっては、工場や施設建設の際だけでなく、新サービススタート時やこれまでにない商品を市場に出すようなときには、あらゆるリスクを想定してリスクコミュニケーションを図らなければなりません。リスクコミュニケーションで重要なのは、リスクを想像する力です。コミュニケーションのタイミングや方法を計画するにも、リスクが想像できなければ始まりません。リスクマネジメントの現場では、あらゆる場面において想像力が問われるのです。