企業活動のグローバル化により、地政学的リスク(カントリーリスク)を避けて通ることはできなくなりました。国や地域によって、自然災害や政情不安、政権交代による政治・経済政策転換、テロやクーデターなど様々なリスクが潜んでいます。単純にある国への販路拡大、生産拠点や流通の拠点として進出する場合だけでなく、貿易の取引相手国の状況変化で突然のクライシスに見舞われる事もあります。サイトでカントリーリスクをチェック観光や出張、商談などで外国を訪れる時には外務省の海外安全ホームページを開くと、それぞれの国・地域の最新情報を確認できます(現在は新型コロナ感染症のパンデミックで限られた国以外は渡航中止勧告)。人の行き来ではなく貿易相手国のリスクは、日本政府100%出資による「貿易保険」(NEXI)のウェブサイトが参考になります。「貿易保険」は日本の企業が行う海外取引(輸出・投資・融資)の輸出不能や代金回収不能をカバーする保険で、国・地域毎のリスクをOECDカントリーリスク専門家会合で決定された評価に基づきAからHのカテゴリーに分類し、それぞれに保険引き受け条件などを公表しています。 複雑になったサプライチェーンにおいては小さな部品一つの供給がとどこおるだけでも生産や業績に大きな影響を及ぼします。現在進行中の主なものだけでも、イギリスのEU離脱、ミャンマーの軍事クーデター、香港の民主化運動取り締まりと本土化への圧力、イスラエルとパレスチナとの紛争などがあります。過去には中国・韓国との領土問題に端を発する反日運動、アメリカのトランプ政権下でのバイ・アメリカン政策も日本の輸出産業や経済活動に大きな影響を与えました。 小麦や豚肉などの農畜産品やマグロ、たこなどの海産品、鉱物資源などは生産国の天候や災害、資源の減少や生産削減、輸出規制などで突然価格が高騰したり輸入ができなくなることもあります。少し前になりますが、BSE(狂牛病)が流行した際、アメリカ産の牛肉は2003年12月から輸入が禁止されました。牛丼チェーン店各社はオーストラリア産などに産地変更をしましたが、吉野家はアメリカ産牛肉にこだわり輸入再開までは牛丼をメニューから落とし豚丼を登場させました。アメリカ産牛肉の輸入は2005年に月齢20カ月以下、2013年からは30カ月以下に限り再開しました。吉野家の牛丼再開は2006年、24時間販売に戻ったのは2008年になってからです。アメリカ産の牛肉輸入の月齢制限がなくなったのは2019年5月と、つい2年前の事です。新疆綿が突きつける新たな地政学的リスクアメリカ産牛肉のBSE問題は商品そのものの品質に関わる問題でしたが、昨年から世界で論争を巻き起こしている新疆綿の問題は品質ではなくその生産過程が問題視されています。世界の3大綿花生産国(インド、中国、アメリカ)の一角、中国の綿花生産量は世界シェアの3割近くを占めます。その8割はイスラム系少数民族のウイグル民族が暮らす新疆ウイグル自治区で生産されていますが、中国政府がウイグル族を収容施設に収容し民族を蹂躙(じゅうりん)する「ジェノサイド(大量殺害)」が続いている等と報じられました。サステナブルやフェアトレード(公正取引)を標榜するH&Mやパタゴニアなどは新疆綿の取り扱いを中止すると表明し、欧米では新疆綿を使用した綿製品の輸入に制限を設ける動きも出ています。日本のユニクロや無印良品も新疆綿を使用していると名指しでやり玉に挙がりました。ユニクロや無印良品に限らず、日本で販売されている綿製品の大部分は中国で生産されています。特に指定しなければ新疆綿が使用されている可能性は高く、「新疆綿を使用していない」ことを証明することは極めて困難です。しかし欧米や日本国内では「新疆綿を使っている商品・ブランドは不買」を求められ、中国では「新疆綿の使用を取りやめるなら不買」という極めて難しい状況になりつつあります。SDGsやESGへの関心は日本国内でも高まっています。今年電通が実施・発表した「第4回「SDGsに関する生活者調査」結果では、生活者のSDGs認知率は54.2%で昨年の第3回調査からほぼ倍増し10代のSDGs認知率は7割を超えています。この調査では「バリューチェーンにおける企業の様々なSDGs活動」についても尋ねています。単に企業が提供する製品やサービスに留まらず、企業活動全般に対してSDGsを意識する事が求められています。商品・サービスを提供する企業には最終的な管理監督責任が要求されます。過去にも、アメリカでは外国の委託先の工場が過酷な労働条件や児童労働を指摘され不買運動に発展した例もあります。ジェンダー、社会、経済の不平等に対する関心は今後も高まることは間違いなく、サプライチェーンのどこかで不平等や公平性を欠く行いが指摘されると不買や取引停止ということになるかもしれません。あらゆる事に対してトレーサビリティが求められる時代とも言えます。「委託先で起こったことだからうちも被害者」という思考をする時点で大きなリスクを抱えていることに気付きましょう。