従業員が、不正行為をしたり、会社に損害を与えた場合には、当事者への戒め、組織秩序維持という観点から、会社は毅然とした対応をすべきであり、必要に応じて懲戒処分の実施が求められます。ただ、実際のところ中小企業では、この懲戒規定は「絵に描いた餅」となっており、あまり活用したことがなく、その取り組み方が分からないというところも多いのではないでしょうか。本稿では懲戒処分の取り組み方のポイントを解説していきます。懲戒処分の基本原則懲戒処分を実際に運用する際には、いくつかの基本原則があります。「相当性の原則」「明確性・該当性の原則」「公平性の原則」「手続きの妥当性」などです。この中で、まず重要なのは「相当性の原則」です。労働契約法では、「社会通念上相当であると認められない場合」には、懲戒処分は無効になるとしています。つまり、懲戒処分の内容や量刑が、社会一般の常識範囲を大きく逸脱しているようなときには、懲戒権の行使は濫用していると見られてしまうわけです。また労働契約法では、適正な懲戒権行使のためには「客観的に合理的な理由」を要するとも定められておりますが、このことを担保するため必要となるのが「明確性・該当性の原則」と「公平性の原則」です。「明確性・該当性の原則」は、懲戒すべき事由を予め就業規則上で明らかにしていき、事案の事実関係が、就業規則に記載された事由に該当しているかを問うものです。また「公平性の原則」は、罪状が同じケースの場合には同程度の処分を実施し、均衡を保たせるというものです。懲戒処分の実務上の留意点続いて、懲戒規定運用に関する実務上の留意点を述べていきます。実務面で最も大切な原則は「手続きの妥当性」です。これには、賞罰委員会の設置・審議、関係者への聴取、当事者への弁明の機会の付与、処分内容の通知、処分実施、というプロセスを「手続き」としてしっかりと踏んでいくことが求めれます。賞罰委員会は複数の者で構成します。一部の者の恣意性を排除するために、必ず一定の人数を以て設置しなければなりません。弁明の機会の付与もマストです。これを実施しないと処分内容は無効になると考えるべきです。こうした諸手続きを実施していく際の重要なポイントは、すべての内容をしっかりと記録していくということです。賞罰委員会を開催したらその審議内容の議事録を採取します。また、関係者への聴取内容や当事者の弁明の内容についても、発言内容をできれば一言一句議事録化していきます。そして必要に応じて時系列で整理します。そうした議事録、ドキュメント類は、所定の位置に保存しておきます。もちろん、PDF化してサーバーに格納しておくのでも構いません。「記録」のリスク管理上重要性なぜ、ドキュメントの記録・保存が肝要なのでしょうか。それには、いくつかの理由があります。まず1つ目ですが、それは「公平性の原則」を保持するためです。つまり過去で起きた懲戒事案については、記録として残しておかないと、将来起きた懲戒事案の内容や量刑を決めるのに比較衡量できなくなるからです。2つ目は、本人が再び懲戒該当行為を起こしたときには、過去の賞罰委員会での審議・判断の内容を踏まえて、懲戒処分内容を検討する必要があるからです。例えば過去で処分をした行為と同類のことを再び起こしたとしたら、量刑を重していくのは当然です。その判断のためにも記録保存は不可欠なのです。そして3つ目。これが一番重要なのですが、万が一、当事者が訴えを起こしたときの対抗措置の材料として、これらの記録が役立つことになります。労働審判や本訴訟では、相手方(処分対象者)は、前記の懲戒権濫用を指摘してくるわけで、会社としては濫用に当たらないという根拠を提示しなければなりません。妥当性ある手続きプロセスを踏み、それらを記録しておけば、そうしたエビデンスは自動的に揃うことになります。この論点を発展させると、問題ある社員を辞めさせる際も、これらの記録内容が役立つことになります。わが国では解雇は非常にハードルが高いというのはご存知の方も多いと思います。懲戒処分と同様に「解雇権濫用法理」(労働契約法第16条)というものがあり、従業員を簡単にはクビにできない定めとなっています。従って、問題社員を辞めさせる場合には、一定のプロセスを慎重に踏んでいくことが大切になります。そのプロセスとは何か。それは、辞めさせる手前の段階で、数回に分けて懲戒処分を実行していくということです。それを通して「ここまで警告しても改悛の余地がない」ということを徹底して明らかにしていきます。こうすることで、懲戒処分自体が解雇権行使を正当化する上でのエビデンスとなっていきます。このときにも、懲戒手続きを通して作成される各種記録・ドキュメントが大きな武器になります。結果としてこうした記録は会社の労務リスクを大きく下げることにつながるのです。