メディアの主役が紙から音声、映像へと広がっていった昭和の時代、メディアに登場するのは報道を除けば限られたスターでした。昭和の名優、田村正和さんは、プライベートをほとんど見せず、メディアを通してしかその姿を見ることはできませんでした。勝新太郎さんはスクリーンのイメージを壊さないよう、常に豪快な勝新太郎を演じていたと言います。映画やテレビで見るスターは雲の上の存在。憧れのスターはトイレにも行かないと主張する人もいたくらいです。それくらい画面の中の人は特別で一般市民には遠い存在でしたし、その期待に応えるべく大変な努力をしていました。 メディアに載る特別感・緊張感昭和に育った世代は、テレビに映るのは自分達とは違う特別な世界の人だと考えていたので、街頭インタビューでマイクを向けられると逃げる人が大半でした。人の前で話すことが不慣れな上に、自分の姿がテレビに映し出されることを想像すると緊張してしまいます。少し古い話ではありますが、1979年のダグラス・グラマン事件での国会証人喚問に出廷した海部八郎氏は、宣誓書に署名する際、手が震えて書けませんでした。テレビ中継されていたその様子は、ニュースでも何度も放映されました。国会議事堂で多くの人から注視され、更にはテレビの先には全国の視聴者の視線を意識しない訳にはいきません。本人は「血管の収縮が不十分なことによる病気」だと説明したそうですが、極度のプレッシャー・緊張によるものだったと思います。国会証人喚問でなくても、テレビカメラや記者の前に出ると緊張するものです。これが個別の取材対応ではなく多くの記者を前にした記者会見や謝罪会見なら尚更です。メディアに対する姿勢の二極化しかし、令和の今ではメディアに登場することの特別感が薄れてきました。SNSや動画サイトなどで発信する人が増え、誰もがメディアを持てる時代です。自分や家族、知人が画面の中で動く姿を見慣れています。場合によっては満たされない承認欲求から、過激な動画や法に触れるような動画を投稿する者も現れています。企業のPRについてもSNSで動画配信したり、YouTubeチャンネルを自ら立ち上げる若い経営者も増えています。令和は、メディアに能動的に発信し関わろうとする世代(企業・経営者)と、受け身な対応に留まる保守的な企業・経営者に分かれてきました。受け身の企業では、専任の広報担当者も置いていないでしょうから、突然の取材依頼や事件、事故対応などの会見では社内が右往左往するのは想像が付きます。慣れていないので、台本・コメントなど事前準備して、それ以外のことは極力口にしないで終わらせようとします。いかにもぎこちなく、記者や視聴者の印象はよくありませんしモヤモヤが残りますが、余計なことをしゃべらないので大きな失敗もありません。しかし、謝罪会見では専門家のサポート無しでは乗り切れないでしょう。 メディアに慣れるほどに増すリスク対して、メディアに能動的に発信し関わろうとする企業の経営者は取材機会も増えるでしょうし、新商品や新サービスの発表会では自らメディアの前に立つでしょう。その際にも臆することなく、そつの無い対応が可能かもしれません。なによりも絶好のプレゼンテーションの場でもあります。しかし、ここに落とし穴が潜んでいます。前のめりになりすぎると、つい饒舌になってしまいます。記者は訊かれたくない事も尋ねてきます。欲しい回答を求めて、いろいろな角度から質問を繰り返すこともあります。時には挑発するような質問や誘導する質問もあります。メディア慣れしていると、記者の期待に応えようと、つい言ってはいけないことまで口にしてしまう事があります。インタビューなどの個別取材の際にも別な注意点や言動が必要です。猪瀬元知事や松本元復興大臣など、取材が終わった後の雑談や「オフレコ」で失言して失職しました。取材後の雑談も記者にとっては大事な取材の一部です。要注意のアンコンシャス・バイアス自分が気付いていない、「アンコンシャス・バイアス」(無意識の偏見)を口に出して窮地に陥る例も珍しくありません。東京五輪組織委員会の前会長、森喜朗さんが辞任するきっかけになったのも「女性がたくさん入っている理事会の会議は時間がかかる」という女性に対する「アンコンシャス・バイアス」発言でした。テレビの番組で張本勲さんが女子ボクシングを巡る問題発言をしたのも同様ですし、番組としての謝罪をまた女性アナウンサーに読ませたことも疑問視されました。メンタリストのDaiGoさんが自身のYouTubeチャンネルで発言した生活保護受給者やホームレスを否定する持論も、これにあたります。経営者は、自分の経験則や考え方の偏りで、無意識に性別や年齢、学歴などで指示の内容を変えたり差別的な発言をしがちです。記者の前でそのような発言をすると、記事やニュースで取り上げられ、ネットで炎上することになります。メディアの視聴インフラの比重がネットに移るにつれ、会見やインタビューなどは時間制限無しにライブ配信されるようになり、これまで以上にメディアトレーニングの重要性が高まってきました。経営者や政治家、テレビタレントなどは、人前で話す機会も多く、「私は大丈夫」と思っている人も多いでしょう。しかし、そんな人ほど失敗するのです。名古屋市の河村市長は、金メダルで失敗して以降は会見をしても謝罪をしても裏目に出ています。メディアトレーニングは、話し方教室ではありません。紙面やカメラ、ネットの向こうにいる人の反応も意識しながら、適切なコミュニケーションを取るためのトレーニングです。謝罪会見のシミュレーションでは、記者からの厳しい質問攻めとプレッシャーなども経験します。特に、メディア取材に対する姿勢やアンコンシャス・バイアスなど、社内の人や友人では注意してくれない、気づきもしないようなリスクの洗い出しの場でもあります。メディアの前に登場する機会がある人は、メディアトレーニングを受けることをオススメします。