今では、企業や政治家・タレントなどの有名人が不祥事や問題を起こすと謝罪会見を開くのが当たり前のようになっています。謝罪会見を開かないと、マスコミや世間の風評は「どうして会見しないのか?逃げているのでは?」となりがちです。しかし、問題が起こったからといって謝罪会見を開かなければならないわけではありません。過去に遡ってどんな謝罪会見があったかと振り返ると思い出すのは、古くは山一証券の破綻会見(1997年)か雪印乳業事件(2000年)の会見ではないでしょうか。しかし、山一証券の会見では野澤社長(当時)が号泣しながら「私らが悪いんであって、社員は悪くありませんから」と訴えたことで結果として社長の謝罪会見のようになりましたが、本来の主旨は突然の自主廃業を公表する場でした。一方の雪印乳業の集団食中毒事件も原因が自社製品であると指摘され、新たな事実が判明する度に何度も説明のための会見を開いています。石川社長(当時)が「私は寝ていないんだ」発言で記者や世間の猛反発を浴び、その後辞任することになり、一部には失敗した謝罪会見の様に記憶されていますが、これも謝罪会見とは言い難いでしょう。20世紀までは社告で対応していたそもそも、山一證券や雪印乳業以前は不祥事や問題が発生した際に、謝罪のために会見を開くということはほとんどありませんでした。謝罪は本来、迷惑をかけた人に個別に誠意を示すものですからメディアに向けて謝罪しても意味がありません。仮に謝罪を目的に会見を開いたとしても、メディアの関心が低ければ記者は会見にも来てくれません。食品の異物混入や商品を自主回収するような事態が発生した時には謝罪会見ではなく、全国紙の社会面に「お詫びとお知らせ」とする社告が多く見られました。まだインターネットも自社のウェブサイトも普及する前です。当時、一番早く多くの人に確実に事態を知らせる事ができたのが新聞広告だったからです。新聞の世帯普及率も高く、日本新聞協会の資料によれば2000年の世帯購読部数は1世帯あたり1.13部ありました(2020年は0.61部)。もちろん、テレビもありますが、15秒のCMを1度流しただけでは詳細が伝わらないので何度もCMとして流すと広告料金が桁違いに高くなります。よほど大きな事故でない限り画的にも地味な「謝罪」がニュースで取り上げられることもありませんでした。 会見の場がドラマを生んだところが、それまでは地味でしかなかった会見場が、山一証券や雪印乳業事件の会見では予期しなかった様々なドラマがメディアの目の前で繰り広げられました。特に、雪印乳業の会見では社長が知らされていなかった事実に、会見の場で「それは本当か?」と尋ねる場面があったり、責任回避や事実を隠蔽しようとしたりする姿勢に記者が厳しく追及し、エレベーター前での社長の「私は寝てないんだ」発言など、会社不祥事の会見は記者にとっては格好のターゲットになっていきました。2001年にはBSE対策事業の国産牛肉買い取り事業を悪用し、補助金を詐取する偽装事件が相次ぎ雪印の関連会社や日本ハムなどの大手食肉加工業社が摘発され会見を行いました。この頃までは、大手企業の会見は所属する業界団体の記者クラブや企業を所管する監督官庁の記者クラブを通して会見を設定することが多く、逆を言えば記者会見を開くのは大手に限られていました。 ターニングポイントは2006年ところが、2007年に立て続けに食品偽装が発覚し会見が開かれます。背景にあるのは、公益通報者保護法が前年の2006年に施行されたことです。皮切りに北海道の食肉加工会社ミートホープによる食肉偽装が内部告発により発覚します。ミートホープ社は会見を行いましたが、当初社長は「偽装は故意ではなく過失」と主張していました。しかし同席していた長男に促されて自分の指示を認めました。この様子はテレビでも放映されました。この内部告発による発覚からカメラ前での真相追究劇は、まさにテレビ向きのコンテンツでした。内部告発先は保健所や行政機関だけに留まりません。記者クラブの縛りがない企業では、新聞社やテレビ局、週刊誌にまで広がり、スクープ合戦となっていきました。ミートホープに続き、石屋製菓による「白い恋人」の賞味期限偽装、赤福餅の消費期限偽装、船場吉兆(福岡)の消費期限偽装(いずれも、いわゆる「まき直し」)が内部告発などにより発覚します。そして、福岡でのまき直しに端を発した船場吉兆は、大阪本店の食材の産地偽装や食べ残しの再提供などが発覚するに至ります。この時の会見が、「女将のささやき会見」としてまた世間の話題を集めました。2011年の「焼き肉酒家えびす」のユッケ集団食中毒事件では、勘坂社長(当時)が逆ギレするという釈明会見でしたが、3日後に再び会見を開いて土下座をして謝罪しました。立て続けに開かれた会見で新たな事実の発表や劇場型のドラマが繰り広げられる様を見て、「今度は何が起こるのだろうか?」と誰もが注目するようになりました。食品は生活者にとって身近な物であったことも注目を集める要因となりました。メディアも視聴者や読者の反応を見て、視聴率・購買に繋がる良いコンテンツと位置づけていきます。こうして謝罪会見が注目されるようになり、場合によってはメディアだけでなく社会の空気も謝罪会見を要求するようになったのです。 追記冒頭で、「問題が起こったからと言って謝罪会見を開かなければならないわけではありません」と書きましたが、近年で大きな話題にもなったのに謝罪会見を開かないまま乗り切った例も有ります。その代表例はペヤングに異物混入が指摘された際のまるか食品でしょう。まるか食品はメディアの前での謝罪や説明よりも、全工場を停止し、製造ラインもパッケージも一新するという大胆な行動で信頼を取り戻しましたが、これは極めて希な例です。一歩間違えば、出荷停止期間中に棚落ちしたままになっていたかもしれないのですから。