危機管理広報は、今から始めますといってすぐにできるものではありません。危機はいつやって来るかわからないし、永久に対応するべき危機は訪れないかもしれません。それだけに危機管理広報への備えは、企業ごとにまちまちです。いつ来るかわからない大地震に備えるのにも似ています。危機に備える広報のBCPと考えるとわかりやすいかもしれません。過去のコラムでも書きましたが、BCPを策定する時には対処するべき事象が明確でなければなりません。大地震であったり、感染症のパンデミックであったり、工場火災であったりと、業種や企業・事業所の規模、地域特性などを考慮・想定したBCPを策定します。広報の危機対応も同様に、ある程度事前に自社の危機は想定できます。データ改ざんや表示偽装、隠蔽などの企業不祥事、ハラスメントや労務トラブル、メーカーであれば製品不良や異物混入、交通インフラや物流企業では事故や火災などいろいろあります。自社で企業不祥事が起こることを前提にするというのもおかしな話かもしれませんが、目が届かないところで思いもしない事が進行している可能性はどの企業にもあります。いまだに業界の古い常識と意識を変えられない?今年、熊本県産アサリの産地偽装が問題になり、他県産のアサリや他の海産物、精肉、野菜などの生鮮品にも疑いの目が向けられています。すると、外国産ワカメを徳島県産「鳴門ワカメ」として販売していた食品加工業者が摘発されました。過去には「北海道産あずき」が実は輸入小豆だったり、「原料北海道産小豆100%」と表示していた餡は原料のほとんどが輸入小豆だったり、芝エビのはずがバナメイ海老だったり、比内地鶏がブロイラーだったり…商品を入れ替えたり表示を偽ったりすることは、物資が少ない戦後から引きずる「業界の常識」だったのかもしれません。2013年には全国のホテル、レストランの料理メニューの不適切表示(表示偽装)が問題となりました。阪急阪神ホテルズが最初に行った謝罪会見(営業企画部長と総務人事部長が会見)がお粗末だったために社長が改めて会見を開き、ついには社長が辞任するに至りました。この会見後、雪崩を打った様に全国のホテル・レストランが表示偽装を公表しました。ザ・リッツカールトンやディズニーリゾートオフィシャルホテル、ホテルオークラやプリンスホテルのレストランなど、有名・老舗ホテルのレストランでも行われていたことを考えると、「業界の常識」として定着していたのでしょう。まだ、古い常識を引きずっている業界は有るのではないでしょうか?もらい事故で危機対応を迫られる場合も原材料の良さや産地をアピールする商品はよくありますが、そういう偽装素材・原料と知らずに使用していることもあります。このような「表示偽装」「産地偽装」が問題になると、その後内部告発や納入先企業が調査するなどで発覚し、立て続けに同様の偽装が摘発あるいは公表されるのが常です。食材や原材料の産地・表示偽装、工業製品でも素材やパーツの品質偽証やデータ改ざんなどは、その納入先まで巻き込まれてしまいます。東洋ゴムの免震ゴムの製造偽装や油圧機器メーカーKYBによる免震・制振装置の検査データ改ざんなどは、ビルの施主や施工会社だけでなく入居者やマンションの購入者にまで激震が走りました。エアバッグの異常破裂に端を発したリコールでは製造元のタカタが経営破綻しただけでなく、エアバッグの納入先である日米欧の完成車メーカーでは8000万台以上をリコールし、購入者のフォローに奔走することとなりました。いずれも、最終的に製品提供・販売したメーカーや販売者に原因があったわけではないのですが、消費者や納入先に対しては製造者責任や管理責任を負います。当然説明責任もあるわけで、顧客や利用者、監督官庁への説明が求められ、記者会見も開かれました。突然の危機にCROはどう向き合うか?危機(クライシス)が発生したとして、その原因や事象は様々でしょうが、実際に対応しなければならなくなった時、危機管理広報を担う人には特別な立ち位置が求められます。冒頭でBCPに例えましたが、危機管理広報は企業の存続にも関わるからです。危機(クライシス)を認定するとまず対策本部が立ち上がり、社長あるいはそれに準ずる決裁権を持つ人が本部長として指揮を執ることになります。社内でCROが明確になっていれば指示を仰ぎ、あるいは確認のもとにポジションペーパーやリリースの作成、記者会見の準備などを進めていきます。CROが存在しない場合は広報責任者がCROのポジションにつき、対外的なコミュニケーションコントロールをします。対策本部では広報の立場から(CROとして)リスクを予見し、客観的な意見や提案が求められます。場合によっては本部長やTOPの方針にも異を唱えなければなりません。日本マクドナルドのチキンナゲットが、製造委託先の中国工場で消費期限切れの材料を使用していることが発覚した際、カサノバ社長は「自分たちは騙された被害者だ」との立場で会見し、消費者に謝罪することはありませんでした。原田社長の後任としてアメリカ本社からやってきたカサノバ社長は、アメリカ式の会見を主張したのでしょう。しかし、この会見が批判を浴び、その後今度は異物混入騒動(愉快犯の可能性も)が続くなど、しばらく風評被害も含め業績は低迷しました。最初の会見では消費者重視の姿勢で臨むよう、誰も社長に進言することができなかったのか、それとも進言しても押し切られたのかもしれません。その翌年の決算発表会見でのカサノバ社長は冒頭、深く頭を下げての謝罪からスタートしました。ヘアスタイルも服装も、メガネさえも変えて臨んでいます。質疑応答も、事前に十分に準備されていたことが見て取れました。最初の会見で社長に消費者重視の姿勢で臨むようもっと粘り強く進言し、謝罪から始まっていればその後の異物混入騒動も起きなかったかもしれません。危機管理広報ではCROの胆力が求められます。