危機に際し、なんとかダメージを最小限に留めようと対応を図りますが、情報の出し方(広報対応)を誤りブランドや企業イメージを毀損したりその後の業績にまで大きな影響を与える事が度々起こります。このような過ちを犯す企業・組織は、何に問題があるのでしょう?問題が発覚してからはできるだけ短時間で収束させたいところです。危機管理広報では、長引かせずメディアや世論の納得する結末に導かなければなりません。しかし、それを理解している経営者や広報責任者でもなかなか難しいのが現実です。過去の企業不祥事や事件・事故対応で失敗した例を見ていくと、危機管理広報が機能しづらいパターンが見えてきます。事なかれ主義の企業巨大化した組織や年功序列の古い体質の企業では、成果を上げる事よりも問題を起こさない、マイナスを出さないことに重きを置く風土・空気があります。異動が多い行政組織や地方自治体も同様です。自分が在任している間は何の問題も起こさない、起きなかったことで昇進や栄転に繋がる様な組織では、もし問題が起きてもなかったことにするために組織ぐるみで隠蔽したり改ざんしたりという行為に及びがちです。隠蔽や改ざんでその場をしのいでも、異動した先で同じ事を繰り返し、周囲もそれに加担させられることを繰り返しそれが普通になると、組織全体がいずれそういう体質になってしまいます。池井戸潤氏の小説「空飛ぶタイヤ」(テレビドラマ・映画にもなりました)のモデルともなったリコール隠しやヤミ改修、データ改ざんなどが度々問題になった三菱自動車。これだけ繰り返されるということは、上層部も含め組織全体に隠蔽体質が染みついてしまっていたのでしょう。組織全体が隠蔽体質になってしまうと、正しい情報が何処にあるのかわからなくなります。雪印乳業食中毒事件では、現場の担当者の隠蔽の連鎖から大規模な食中毒事件に発展していました。事の発端は2000年3月31日の北海道工場での停電。この時に発生した黄色ブドウ球菌が原因で毒素が発生し、その毒素を含んだ原料(脱脂粉乳)を使用して6月下旬に大阪工場で作られた製品で集団食中毒が発生しました。3カ月の間、北海道工場から大阪工場それぞれの製造工程の責任者が誤った判断(先延ばし・隠蔽)を繰り返した結果です。そして、7月1日に大阪市保健所と厚生省の担当者が大阪工場に立入調査を行い、製造ラインに黄色ブドウ球菌が繁殖しているのを検出。記者会見の席に立った石川社長はこのことを報されておらず、会見中の担当者の発表に驚き「君、それは本当かね」と慌てる場面がありました。記者会見に立つ社長にさえも正しい情報が伝わらない、食中毒事件の捜査の過程でデータの改ざんなども複数発見されるなど重度の隠蔽体質といわざるを得ません。これでは危機管理広報など成り立ちません。その後雪印乳業は事業分割され、雪印グループも再編されました。社内競争が激しい、行き過ぎた成果至上主義ことなかれ体質の正反対で成果主義の会社でも、行きすぎると危機管理広報が機能しなくなります。営業目標や売り上げ目標の過度なプレッシャーに耐えられなくなり問題を起こす例は枚挙に暇がありません。コロナ禍以前ではお節やクリスマスケーキ、恵方巻などの季節商品の販売競争が激しく、売場責任者や担当者は目標達成するために自腹で食べきれない数の商品を注文したという話はよく聞かれました。部署間や担当者同士の競争が激しくなると不正を働いて数字をあげようとする者が出てきます。シェアハウス「かぼちゃの馬車」を展開するスマートデイズが経営破綻して明らかになったスルガ銀行の不正では、融資実績を上げるために通帳の写しを改ざんしたり顧客の収入を水増ししたりといったことが常態化していました。「かぼちゃの馬車」不正融資を調査した第三者委員会の報告書では、同時に多くのパワハラの実態も明らかにされました。このような成果至上主義で数字が力を持つ企業で問題が起きると、隠蔽に向けたパワハラや恫喝で押さえ込もうとします。こういう体質の企業も危機管理広報は機能しづらくなります。責任を分散する企業危機に際しては初動の対応スピードが重要です。しかし、決裁者がはっきりしていなかったり責任の所在をはっきりさせない体質の企業ではこれが極めて難しくなります。序列のある企業グループの子会社など、経営トップは親会社からの出向で重要な決定事項は全て親会社にお伺いを立てなければならない様な会社や、稟議書を回して全員の承認を必要とする様な誰も責任を取らない体質の会社です。危機が発生しても社内で対応・決定ができず時間ばかりが過ぎていきます。親会社にお伺いを立てれば広報対応をするのは、本社かグループ会社から送り込まれた広報担当者となるのでしょうが、その会社の詳細を把握していない所からのスタートなので、例えば記者会見を開催するまでに十分な準備ができるかも難しくなります。場合によっては親会社に傷を付けないために非情な対応をされることもあります。このような会社は、自社よりも企業グループの一員としての危機管理が重要になってきます。社内での意思決定ができない、苦手な企業の危機管理広報は、迷わず第三者に助けを求めなければ手遅れになります。 世界が注目する危機管理広報2月24日にロシアがウクライナに侵攻を開始し、ウクライナ国内で戦争状態となりました。日々世界中のメディアがその戦況を伝えていますが、ロシア、ウクライナ双方も情報戦を繰り広げています。私たちは戦時における究極の危機管理広報を目の当たりにしているといえます。ロシアは国連憲章やジュネーブ条約違反、戦争犯罪との指摘も無視し都合の悪い情報は一切出さず、国民にも報せず、全てを自国が正しいと正当化し発信します。かつての日本の大本営発表と重なります。一方のウクライナは(もちろん安全保障上、情報管制はあるものの)ゼレンスキー大統領自らがSNSを通して国民に語りかけ国民を鼓舞し、世界中のメディアに向けて情報発信しています。アメリカやイギリス、ドイツといったNATO加盟国だけでなく日本でも各国の国会に向けてオンラインで演説を行い、大きな感動と共感を集めています。被害者としての立場で哀れみを請うのではなく、国を守る姿勢・大義を訴えています。コントロールが難しい国民やジャーナリストに対しては、ロシアは情報統制と利用制限、罰則による抑えつけで一方的なプロパガンダを押しつけようとしています。対してウクライナは国民がSNSなどを通じて生の状況を発信し、あるいは7100万人以上のインスタグラムフォロワーを持つベッカム氏は紛争下の実際の様子を伝えて欲しいと、ウクライナの女性医師に一時的に自分のアカウントを譲渡して情報発信のサポートをしています。もちろん、世界には親ロシア派のインフルエンサーもいますから、全く逆の立場の情報も飛び交っています。これから近い将来、ウクライナにおける2国間の戦況だけでなく、危機管理広報の成果を目の当たりにすることになります。