山口県・阿武町が4630万円を誤送金した問題。連日報道番組やワイドショー、新聞・週刊誌などで大きく取り上げられていますが、誤って振り込まれ返還を拒否した24歳の男性が5月18日に逮捕され、ネットカジノで使うために4,630万円を出金していたことがわかりました。同時に逮捕されるまでの男性の行動やお金の動きも明らかになってきました。誤送金が犯罪を誘引する結果に 事の発端は4月8日、コロナの影響で生活に困窮する世帯を対象に1世帯あたり10万円を支給する「臨時特別給付金」を阿武町の対象463世帯に10万円ずつ振り込みました。ところが、町内に住む24歳の男性1人の口座に更に4,630万円を振り込んでしまいました。銀行からの問い合わせでミスを知った町の職員が訪れ説明をしたことで、初めて自分の口座に大金が振り込まれたことを知った男性は一度返還に同意し、手続きをするため職員と一緒に銀行へ行きました。しかし銀行の前で翻意し、手続きを拒否。その後連絡が取れなくなり、4月21日には「お金はすでに動かした。もう戻せない。罪は償う」と話し、返還を拒否しました。5月12日、町は返還を求める民事訴訟を起こし、5月18日、誤給付と知りながら自分の金を装って決済代行業者の口座に振り替えたとして、山口県警は男性を電子計算機使用詐欺容疑で逮捕しました。口座の入出金記録から、4月18日までに34回、4,630万円を出金していたことが明らかになりました。 最初の24時間を無駄にしたことで町が会見を開いて経緯を説明したのは4月22日。誤送金から2週間後です。この時にはもう既に4630万円を使い切った後でした。町が誤送金をしたという負い目から男性の話を信じ、最悪のことを想定せず何も手を打たないままに過ぎた2週間でした。今回の問題を重大な危機と認識していなかったのではないでしょうか。危機管理・クライシスマネジメントでは初動が重要であることはこのコラムでも何度も言及しています。最悪の事態を想定しダメージ軽減に向けできるだけの手を打つ、備えることが必要です。トラブルの発覚から24時間、あるいは翌朝行政機関や銀行の窓口が開くまでの時間に何ができるかでその後の命運を分けることになります。阿武町のような小さな自治体の行政組織ではそもそも危機対応経験者、あるいは知見がある職員もいないでしょう。短時間であらゆる事態を想定し対処するのは困難です※。経験のある弁護士や危機対応の専門家に相談するべきでした。24時間の間に何かしらの対応ができていれば、この時点でのお金の移動は約68万円でくいとめられていた可能性もあるのですから。 ミスを減らすためにもITの活用は急務そもそも、誤送金が発生した原因はヒューマンエラーと言えばそれまでですが、今回誰もが驚いたのが、銀行への振込依頼はフロッピーディスクと紙(依頼書)でやりとりされていたことでしょう。今どき、フロッピーディスクの読み書きができるパソコン(あるいはドライブ)を探す方が難しいくらいです。銀行と町に1台ずつしかなければ、ディスクの中身を複数の人でチェックすることも困難です。銀行は省力化を進め、窓口業務をできるだけネットバンキングに移行しようとしている時に、です。ネットバンキングであれば、振込予約の確認も画面上でできるだけでなく、直前の取り消しや修正も可能です。利用者のアクセス権限も閲覧はできるけれど決裁はできないとか、ワンタイムパスワードやトークンと組み合わせるなどしてセキュリティレベルもコントロールできます。今回の一連の報道で、公になっていないというだけで他の自治体や企業でも金額違いや送金先口座の誤りなどの誤送金は頻繁に起きていることが報じられています。IT化の後れが今回の問題を引き起こした原因の一つと言えるでしょう。ネットバンキングの活用に限らず、日常業務のIT化は業務の効率を上げるだけでなくミスやトラブルの軽減にも繋がります。このような人力や紙、ハンコに頼る地方自治体や地方銀行はまだまだ多く存在するのではないでしょうか。 大きな金額を扱う担当者のケア阿武町の誤送金が注目されている同じ頃、もう一つ大きな金額の詐欺事件も話題になっていました。博報堂子会社、博報堂プロダクツの社員が、2016~2020年の間に150回にわたって250億円相当のギフトカードを発注、金券ショップで換金して支払いに充てながら一部を自分の趣味や車のローンの返済に充てるなどし、詐欺容疑で逮捕された事件です。発覚した時点で、総額43億3千万円が未払いだったということです。巨額横領では2001年の青森県住宅供給公社の元経理担当職員による横領事件も思い出します。14億円を横領し、そのうちの11億円をチリ人の妻アニータさんに貢いだ事件です。チリに送金されたお金で豪邸を購入し、そこで優雅な暮らしをしていたとマスコミ各社が伝えました。横領金額が巨額だったことと、そのお金が海を渡って貢がれていたこと、回収は可能なのかと大きな話題となりました。豪邸は青森県住宅供給公社が資金回収のため差し押さえ競売にかけられ、約7400万円で落札されたそうですが、費用などもかかり回収額は14億円には遠く及びませんでした。故意か過失か、事故か事件かに関わらず、大金が絡んで一度トラブルになると、その解決までには膨大な労力と時間を要します。このような事案ではお金の流れに関心が集まりがちですが、長期間にわたって世間の注目を浴び続けることで、そこで働く人や関係者は疲弊していきます。ミスが起きない仕組みを構築すると共に、犯罪者を作らないためにも大きな金額を扱う担当者へのケアは欠かせません。 今回の阿武町の一件を機に、各自治体では議会での質問やメディアからの問い合わせも増えることでしょう。※兵庫県川西市は、riskdesignを運営するDayz株式会社と、広報戦略の立案サポート、実行支援サポート並びにリスク発生時に関わる対応サポートに関わる連携協定 を結んでいます。兵庫県川西市とDayz株式会社 広報戦略展開に関わる連携協定を締結