7月13日、東京電力福島第一原発事故をめぐり、旧経営陣5人が津波対策を怠ったとして賠償を求めた株主代表訴訟の判決で(5人のうち)4人の責任を認め、13兆3,210億円の賠償が命じられました。言い渡された13兆円という巨額の賠償額に誰もが驚いたことでしょう。報道によれば、過去の株主代表訴訟で言い渡された賠償額の最高は、1995年に発覚した旧大和銀行巨額損失事件の一審判決の829億円(当時のニューヨーク支店長だった元副頭取に約567億円、現・元役員ら11人に約262億円、6年後に和解)で、当時もとても個人で支払える額ではないと話題になりました。しかし、今回4人で13兆円という、スウェーデンの国家予算や東京都の予算額に匹敵する賠償額は想像の域を超えています。 株主代表訴訟とはまず、株主代表訴訟について整理しておきます。株式会社は、株主総会で出資者(株主)から承認を得た取締役で構成する取締役会によって会社運営の意思決定、舵取りをします。取締役の意思決定の誤りや事業担当取締役の不作為、不適切な事業運営などで会社に損害を与えたような場合に、会社はその責任追求を取締役会や監査役に求めます。しかし、取締役同士、監査役のなれ合いなどで十分な追求が行われないことがあります。そのような場合、会社に代わって株主が原告となり取締役の責任を明確にし、損害賠償請求を求める訴訟を起こすことができます。ただし、株主がいきなり訴訟は起こせず、まず株主が会社に対し『役員に対し責任追及の訴訟を提起』するよう書面で請求し、会社が60日経っても訴訟を提起しないと、株主が会社に代わって訴訟を提起できます。株主代表訴訟は会社に代わって株主が訴訟を起こすので、支払いが確定した賠償金は会社が受け取り、原告である株主には1円も支払われません。賠償を命じられた4人は判決を不服として控訴し、原告の株主側も5人の被告のうち1人(元常務)の賠償責任が認められなかったことなどを不服として控訴しましたので、まだ裁判は続きます。 日野自動車のエンジン不正日野自動車は2022年3月、2016年秋以降に試験をしたトラック・バスの8車種について排ガスや燃費試験の不正があったと公表しました。この不正で国土交通省は8車種の形式認定を取り消す処分を下しています。不正公表後、日野自動車は第三者らによる特別調査委員会を設置し調査を進めていましたが、8月2日に調査報告書を公表しました。特別調査委員会による調査報告書公表のお知らせ調査報告書は、全文、要約版、概要 と3種類が公表されています。要約版で54ページ、全文だと299ページにも及びます。この調査報告書で、これまで2016年秋以降としていた不正の期間が、少なくとも2003年5月から始まっていたことも明らかとなり、当初不正の対象とされた11万台から大幅に台数が膨らみ、リコール費用や販売できる車種の減少などで減収が見込まれています。アメリカでは、日野自動車と親会社のトヨタ自動車に対し、エンジン不正問題で被害を受けたと集団訴訟が提起されました。この不正調査では、101名にのべ243回のヒアリングと従業員へのアンケートで2,084通の回答を得ています(回答率約 22.6%)。報告書全文にはこのアンケート結果の分析も記載されていますが、ここで指摘されている事は、日野自動車や歴史ある企業だけでなく、多くの企業に当てはまるのではないでしょうか。分類された項目を一部抜き出すと、 本問題の直接的な原因として位置付けられるもの(1)開発スケジュールの逼迫、絶対視(2)リソースや能力に見合った事業戦略が策定されていないこと(3)開発プロセスにおける問題点(4)法規や制度を軽視する姿勢本問題の直接的な原因というよりは、これらの直接的な原因を生むこととなった日野の企業風土や体質として位置付けられるもの(5)人事評価や人材登用のあり方(6)組織運営や人材育成のあり方(7)パワーハラスメント体質(8)保守的で旧態依然とした企業体質(9)セクショナリズムや序列意識の強さ(10)事なかれ主義、内向きな風土(11)「傲り」や「慢心」による現状認識の誤り報告書には上記それぞれについて、アンケートの具体的な回答も記載されています。SNS上ではこの報告書の内容が自分の会社のようだといった反応も多く書き込まれているようです。「第8章 不正行為に対する関与又は認識等の状況」の「5 担当役員以上の認識等」では、本問題の背景には日野の組織風土の問題がある。これらを踏まえれば、本問題について、歴代の役員は真摯に受け止めなければならない。と締めくくられています。日野自動車は株の過半数をトヨタ自動車が持つトヨタ自動車の子会社です。トヨタ自動車が子会社化(2001年)した後は現職の小木曽社長ほか社長の多くをトヨタ出身者が務めています。そして、調査報告書で判明した不正が始まった時期は2003年で、子会社化後とも読み取れます。3月の不正公表以来、日野自動車の株価は大きく下げています。株主代表訴訟は、持ち株数が少なくても株主であれば起こすことができます(公開企業であれば6カ月以上株を保有していることが条件)。この調査報告書の結果などを受けて、株価下落の要因を作った責任は社長以下の取締役にあると株主代表訴訟を提起される可能性も否定できません。 会社役員賠償責任保険の存在取締役の賠償責任に対しては、会社役員賠償責任保険(通称D&O保険)というものがあります。取締役が責任追及された場合のリスクを引き受ける保険です。保険会社としても無限の責任を引き受けることはできないため、支払限度額の上限が設定されています。もちろん、この保険に入っていたとしても、東京電力の元役員4人で13兆円という賠償には対応できません。それでも、近年株主代表訴訟の提起件数は増えているといいますので、スタートアップ企業の経営者や取締役などは検討してみる価値はあると思います。