2022年8月30日に日野自動車はエンジン認証不正問題を反省し、企業風土改革の一環として「パワハラゼロ活動」を立ち上げました。同社はパワーハラスメント(以下、パワハラ)の風土により、長きにわたって不正が指摘されない状況となっていました。その結果として、事業の根幹を揺さぶる事態を招いたというわけです。日野自動車の一件は、パワハラは社内の人間関係の問題だけでなく、事業そのものにも影響を与えることがよく理解できる事例といえます。現在のパワハラの件数は「高止まり or 増加」同社はこれからの活動の取り組み例として、「パワーハラスメント行為の全社実態調査」「パワーハラスメントを行った者への処分の厳罰化、従業員への周知徹底」「人事諸制施策の見直し」を上げています。これらの内容を見てもわかるように、対応策はまだスタートしたばかりであり、ここからどれだけ変われるかが注目されるところです。では、近年の企業におけるパワハラの件数はどうなっているでしょうか。調査によれば増加または高止まりの様相となっています。厚生労働省「個別労働紛争解決制度の施行状況」調査では、民事上の個別労働紛争における「いじめ・嫌がらせ」の相談件数は2021年度8万6034件で、10年前(2011年度)と比較すると1.8倍を超えており、ここ数年は高止まりの状況となっています。また、経団連「職場のハラスメント防止に関するアンケート」(2021年)で、企業に5年前と比較したパワハラの相談件数の増減を聞いたところ、「増えた」が44.0%でもっとも多くなっており、なかなか減る気配が見えないのが実状です。2020年6月に大企業に施行されたパワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)は、2022年4月より中小企業にも適用となりました。パワハラのデメリットとしては、「退職者の増加」「職場環境の悪化による生産性の低下」「企業イメージの低下」「採用コストの増加を招く可能性」などがあり、企業にとって大きなリスクとなります。企業で「パワハラ対策が進まない理由」があるでは、パワハラとはどんな行為を指し、それに対して企業はどのように対応すべきなのでしょうか。整理すると以下のようになります。労働施策総合推進法によれば(厚生労働省パンフレット)、職場におけるパワハラは、優越な関係を背景とした言動があって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより労働者の就業環境が害されるもの であり、これら三つの要素をすべて満たすものとされています。パワハラの類型には以下のようなものがあります。身体的な攻撃(暴行、傷害)精神的な攻撃(脅迫、名誉棄損、侮辱、ひどい暴言)人間関係からの切り離し(隔離、仲間外し、無視)過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害)過小な要求(業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)それに対して、事業主が雇用管理上講ずべきとされている措置は以下の4点です。事業主の方針の明確化及びその周知・啓発相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備職場におけるハラスメントへの事後の迅速かつ適切な対応併せて講ずべき措置(プライバシー保護、不利益取扱いの禁止等)では、どうして企業におけるパワハラ対策が進まないのか。厚生労働省「職場のハラスメントに関する実態調査」(令和2年、2020年度)で、企業にハラスメントの予防・解決のための取組を進める上での課題を聞いています。課題の上位は「ハラスメントかどうかの判断が難しい」(65.5%)、「発生状況を把握することが困難」(31.8%)、「ハラスメントに対応する際のプライバシーの確保が難しい」(23.5%)でした。アンケートからは、企業がパワハラの状況を正しく把握できるだけの情報を得ることが困難であり、また、そうした活動を秘密裏に進めることの難しさがうかがえます。「行為者のうち自覚があった人は半数以下」という現実もう一つ、パワハラ問題を解決する難しさとして、パワハラ行為者側の自覚の問題が上げられます。「ハラスメント行為者の自覚に関する1万人アンケート調査」(マネジメントベース、2021年)によれば、パワハラ行為を指摘された経験がある人のうち、自覚があった人は47.7%と半数を下回っていました。これは当事者が意識しないまま、パワハラの行為者になっている可能性があるということです。これは例えば、上司は「適正な業務範囲での指導」と考えていたとしても、部下は「範囲外の指導」と捉えているケースもあるということです。行為者がパワハラであると自覚できてない状態では、行ったことがよほど明確に判断できる内容でなければ、それが問題化するケースは少なくなると考えられます。周囲の人についても、上司の感覚と同じようにそれをパワハラと感じる人と感じない人にわかれているのではないでしょうか。こうしたパワハラ問題を解決する施策として、注目されているのが360度評価(多面評価)です。前述の日野自動車も、解決に向けた具体策の一つとして360度評価アンケートにおける「対象者拡大」や「評価者の選択方法の見直し」を上げています。360度評価とは一人の当事者に対し、多面的な評価を行う施策です。当事者の上司だけでなく、その人の部下や同僚、顧客などに評価を依頼し、多面的に総合的に評価していきます。もしパワハラ行為の訴えがあった場合でも、上司だけでなく、その部下や同僚から多面的にパワハラの事実を把握できるということです。基本的に360度評価では、行動したことを一つの基準として、それを複数の視点から観察し、評価します。そのために客観的な評価ができる点は大きなメリットです。こうした指摘には当事者にも発見があることが多く、そのうえでパワハラについての行動ベースの指摘をもとにフェアに判断することができます。また、コロナ禍で増えたリモートワークや時短勤務など、働き方の多様化が進む中で、視点を増やすことにより判断材料が増やせる点もメリットです。パワハラは放置しているとそれが悪い文化となり、社内に根付いていく可能性もあります。行為者が気づきにくい問題だからこそ、企業には行為者に気づかせるような施策を考え、実践していくことが求められています。日野自動車がこれから取り組む「パワハラゼロ活動」は、他の企業の皆さんにとってよい手本となるはずです。注目しましょう。