バブル崩壊後デフレが長く続き、企業は利益が出ても内部留保に努めて従業員への給与水準を上げることをしてきませんでした。給与を上げられない代わりに従業員の副業を認める企業も増えてきます。平成30年には厚生労働省が副業・兼業について、企業や働く方が現行の法令のもとでどういう事項に留意すべきかをまとめた「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を作成しました(令和2年、4年改訂)。これに伴い、モデル就業規則を改定し、労働者の遵守事項の「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと」という規定を削除し、副業・兼業について規定を新設。「副業・兼業の促進に関するガイドライン」の改定に伴い、副業・兼業についての記述も改訂しました。厚生労働省も副業・兼業の普及促進に前向きです。加えて、コロナ禍で業績の悪化やテレワークの広がりと共に進む働き方改革で、従業員の副業・兼業を認める企業が増えています。従業員の副業・兼業を認める際の注意点と企業のリスクについて整理してみます。就業規則と各種届出様式・管理方法の整備まず第一に就業規則の確認です。「副業・兼業禁止」の項目があるまま副業を認めると、就業規則違反となり齟齬が生じます。厚労省のモデル就業規則・ガイドラインを参考に改定してください。副業といっても、空き時間を使ってクラウド・ソーシングなどで内職的にフリーランサーとして副収入を得るものから、飲食・サービス業のシフトに入ったり、曜日を決めてオフィスで働くなど複数社の従業員として給与を受け取るもの(兼業)もあります。そこで重要になるのが副業・兼業内容の把握です。副業・兼業に関する届出書は必須となります。労働基準法第38条第1項では、「労働時間は、事業場を異にする場合においても、労働時間に関する規定の適用については通算する」と規定されています。所定労働時間も通算されますので、昼の勤務後に夜間働くダブルワークなどの場合は、所定時間外労働となることもあります。通算で時間外労働と休日労働の合計についても単月100時間未満、複数月平均80時間以内の要件を満たさなければなりません。そのため、副業・兼業先での労働時間も把握・管理しなければなりません。睡眠不足でミスをしたり事故を起こしたりということが起こった際に、長時間労働をしていたことを知らなかったは許されません。また、企業秘密や特許技術・独自のノウハウに触れることができる従業員の副業・兼業については「営業秘密の保持義務」の徹底だけでなく副業・兼業先、内容の制限も必要になります。特に同業他社や競合するマーケットでの副業・兼業は産業スパイ行為に繋がる、あるいは疑われる恐れもあるため要注意です。フリーランサーとして業務受託をするような副業も、会社から見えづらいため同様です。副業・兼業が危険を伴う(あるいはスケジュール管理が難しい)ような職業である場合も、制限を設ける必要があります。普通2種や大型免許を持っている従業員がタクシーやトラックの運転手を兼業する場合や人手不足の業界では、上記通算労働時間と健康管理が難しくなります。社会保険料のとりまとめと納付ちょっと面倒なのが社会保険です。新たに勤務する会社においても被保険者の資格があるときには、そちらの会社で「被保険者資格取得届」を提出します。その上でどちらか一方の会社を管轄する年金事務所に「被保険者所属選択・二以上事業所勤務届」を提出します。社会保険料は「主」たる会社を管轄する年金事務所に対して、「従」たる会社から支給されている給与額も合算して申告します。そして、合算した給与額のうちの割合に応じて按分しそれぞれの会社が管轄している年金事務所に納付することになります。兼業先の給与が高くて自社が「従」たる会社になったとしても、社会保険料の納付をしなければなりません。これを怠ると、将来その従業員が受け取る年金にも影響します。詳しくは社会保険労務士さんか年金事務所に確認しましょう。年金事務所は、同じ管轄の税務署から給与支払報告に関する情報を入手しています。給与が支払われているのに社会保険に加入していない会社などに対しては調査を行っています。調査の結果未払いが判明すると、保険料納付の手続きをするように指導されます。ここで、社会保険未加入の企業は面倒なことになります。社会保険加入義務があるのに加入していないと、「来所通知」や「立入検査予告通知」を受け取ることになります。年金事務所が社会保険加入事業者と認定すると、強制加入させられます。強制加入となった場合には、過去2年分の保険料を一括で納付しなければなりません。確定申告ほか、注意喚起と通知複数の企業から給与所得がある場合、一定額以上の収入が生じた場合は確定申告が必要です。「クラウド・ソーシング」で受託した仕事やフリーランスで受けた仕事などの給与外収入が20万円を超えた場合も確定申告し、相当分の納税をしなくてはなりません。通年で副業収入があれば、ほとんどの場合は20万円を超えると思われます。来年からスタートするインボイス制度にしても、マイナンバー制度にしても、お金の流れを細大漏らさず把握して、税金の取り漏れがないようにすることも目的です。様々な場面でマイナンバーの登録・活用が進むと、納税漏れもすぐに指摘されるようになるでしょう。納税義務があるのに申告せずに放置していると、脱税行為となってしまいます。当然罰則があり、加算税や延滞税などの重いペナルティを受けることにもなりかねません。副業・兼業届を受け取る際には、他にも雇用保険や労災の適用などについても丁寧に説明・通知しなければなりません。「副業を認めてやったんだからあとはお好きに」、と突き放すことはできません。会社にとっても従業員にとってもメリットがあり、安心して働ける職場を目指しましょう。