政府が、フリーランス保護を目的とした法律(以下「フリーランス保護新法」)の制定に向けて動いているという報道が注目を集めています。実際にパブリックコメントの募集がされており、「フリーランスに係る取引適正化のための法制度の方向性」の中でも、早期に国会への提出をすることとされています。こうしたフリーランス保護新法が制定された場合、フリーランスの方と取引を行う企業や個人事業主は、これまでの取引や契約の見直しや確認を行う必要が出ることが想定されます。そこで、本記事では政府の示す「フリーランスに係る取引適正化のための法制度の方向性」を参考に、どういった法規制が考えられているのかについてのポイントや、実務などへの影響について2回に分けて解説します。1. フリーランス保護新法制定と背景現在の日本では、約462万人がフリーランスとして働いているとされています。こうしたフリーランスの方が仕事で遭遇した経験のあるトラブルで多く挙げられているのが、報酬の支払い遅延と一方的な仕事内容の変更です。参考:内閣府HP「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」よりフリーランスとして働く人口は増加傾向にある一方で、こうした報酬の支払い遅延や仕事内容の変更といった問題は、働く際に大きな障害となります。そこでフリーランス取引の適正化や安定して働くことができる環境を実現する事を目的として、政府はフリーランス保護新法の制定に向けて動くこととなりました。フリーランス保護新法の制定は、政府が副業を推進していることや、同法の目的などから反対意見が出にくいと思われるため早期の国会での成立が予想されます。そのため、事業者としては、ある程度規制される可能性のある内容を把握しておき、自社の現在の状況と照らし合わせておくことが重要となります。2. フリーランス保護新法と下請法フリーランス保護新法と目的が似た既存の法律には、報酬の支払い遅延や一方的な仕事内容の変更を禁止し、立場の弱い受注者を保護する「下請法」があります。フリーランス保護新法において規制内容に盛り込まれる事が検討されているものは、下請法における規制内容と類似しているため、フリーランス保護新法への対応を検討するにあたっては下請法の規制内容を押えておくことが有用です。そこで、まずは下請法の概要について解説します。下請法と下請法の適用対象下請法とは、下請取引と呼ばれる親事業者と下請事業者との間で行われる一定の類型の取引を規制対象とする法律です。下請法は親事業者に対し、「下請代金の支払い遅延」や「不当なやり直し等の禁止」などの様々な禁止行為を定めることで下請取引の適正化や下請事業者の保護を図っています。この下請法は、適用対象が下請取引に限定されている点が特徴です。下請取引に該当するか否かは、取引の種類と、資本金の額によって適用対象となる親事業者と下請事業者を定めています。下請法の適用対象となる取引は、物品の製造委託、修理委託、情報成果物作成委託、役務提供委託の4つが対象となります。対象となる取引ごとに適用対象となる資本金の区分が異なっています。物品の製造委託または修理委託の場合には、委託する側の資本金が3億1円以上で受託する側の資本金が3億円以下の場合委託する側の資本金が1千万1円以上3億円以下で受託する側の資本金が1千万円以下の場合情報成果物作成委託または役務提供委託の場合には、委託する側の資本金が5千万1円以上で受託する側の資本金が5千万円以下の場合委託する側の資本金が1千万1円以上5千万円以下で受託する側の資本金が1千万円以下の場合それぞれのいずれかに該当し、委託内容が下請法で定められた類型の取引である場合には、委託する側が親事業者、受託する側は下請事業者になり下請法の規制を受けることになります。下請法とフリーランス保護新法ところで、フリーランスの保護は下請法で図ることができるのではないかと考えられる方もいらっしゃるでしょう。事実、フリーランス保護新法は、当初下請法の改正で対応することも議論されていました。しかし、フリーランスが仕事を受ける場合の発注者は、同じフリーランスや個人事業主であるケースや、企業であっても資本金が1千万円以下であるケースが多く、こうしたケースでは下請法の適用を受けることができません。他方で、先ほど挙げた代金の支払い遅延や仕事内容の一方的な変更などは下請法においても禁止されており、取引におけるパワーバランスを是正し取引の適正化を図るという点は下請取引とフリーランス取引とで共通します。そのため、フリーランス保護新法において検討されている現在の規制内容は下請法の規制と非常に似ており、今後規制内容について詳しく議論されていく際には下請法の規制や運用が参考とされる可能性が高いと考えられます。また、下請法は製造委託、修理委託、情報成果物作成委託、役務提供委託のいずれかに該当する取引をする場合に限定されていますが、フリーランス保護新法において今のところ、そういった限定はありません。したがって、この後で紹介するフリーランス保護新法における規制は、フリーランスと取引をする場合、必ず対象となる可能性がある点には十分留意しましょう。3. フリーランス保護新法が予定する主な規制(書面交付義務)ここからは、フリーランス保護新法において規制が予定されている内容のうち書面交付義務をご紹介します。その他の規制については次回ご紹介します。なお、本記事で紹介する規制は、「フリーランスに係る取引適正化のための法制度の方向性」から抜粋しています。書面交付義務フリーランスの方と契約する際には、(1)業務委託の内容、(2)報酬額などを記載した書面(電磁的記録を含む)を提供する義務を課しています。ここでの書面には電磁的記録も含まれるため、必ず紙で印刷しなければならないものではなく、メールやメールに添付ファイルとして交付するといった方法でも可能です。この書面交付義務は、これまでフリーランスとの取引で契約書や発注書などの文書を交付していなかった事業者も多いと考えられるため、実務に最も大きな影響を与えることが想定されます。また、交付するすべき書面に記載すべき事項も現時点では(1)業務委託の内容、(2)報酬額等とされており、詳細が定まっていないため、今後の動きを特に注意して見ておく必要があるといえます。なお、同様に発注時に書面交付義務を課している下請法では、先ほどの委託内容や報酬額以外には主に以下の事項を記載する定めることが求められています。親事業者及び下請事業者の名称下請事業者の給付を受領する期日(納期)下請事業者の給付を受領する場所(納入場所)(下請事業者の給付の内容について検査をする場合)検査を完了する期日フリーランス保護新法においても同様の事項を書面に記載する事が求められる可能性は十分に考えられます。そのため、これらの事項について予め決定しておき、文書化することが可能か早期に検討しておく事はフリーランス保護新法への対応を検討する上で一つの指針となるでしょう。