政府は、フリーランス取引の適正化や環境改善を目的としてフリーランス保護新法の制定に向けて動いています。前回はフリーランス保護新法と目的や規制内容が類似する下請法を踏まえた上で、フリーランス保護新法の書面交付義務について解説しました。今回は、前回に引き続き、フリーランス保護新法における規制内容と今後の実務の課題などについて解説します。1. フリーランス保護新法が予定する主な規制今回はフリーランス保護新法において導入が検討されている規制のうち、(1)60日以内の支払い義務(2)禁止行為(3)違反時の措置について解説します。以下の規制は「フリーランスに係る取引適正化のための法制度の方向性」から抜粋しています。役務提供を受けた日から60日以内の支払い義務代金支払いの遅延に対応した法規制として検討されているのが、この60日以内の支払い義務です。この規制について検討する際に注意が必要なのは、起算日が「役務提供を受けた日」からとなっている点です。同様の規制が下請法においてもありますが、下請法では「給付を受領した日(役務提供を受けた日)」から60日以内となっており、給付を受けた日とは検収完了日ではなく、文字通り納品などを受けた日が起算点となっています。参考:公正取引委員会HP「ポイント解説下請法」P15そのため、フリーランス保護新法においても同様の解釈がされた場合、検収完了日とその月を基準とした従来の支払いスケジュールを維持すると、法令違反とされる可能性があります。例えば、検収月締め翌月末日払いというスケジュールをとっている場合、納品日:7月28日検収完了日:8月1日となった場合、従来のスケジュールであれば9月30日が支払日となります。しかし、これでは役務提供を受けた日である納品日から64日目に支払われることになるため、60日以内のルールに違反することになります。フリーランス保護新法が施行され、仮にこうした解釈が取られる場合には、自社の支払いスケジュールで60日を超える場合がないか確認するとともに、検収対応や支払い日を早めるといった対応をする必要が生じる点には注意しましょう。禁止行為下請法において親事業者には禁止行為が定められていますが、フリーランス保護新法においても、同様にフリーランスとの一定期間以上の継続的な業務委託取引において以下の7つの行為を禁止行為とすることが検討されています。フリーランスの責めに帰すべき理由なく受領を拒否することフリーランスの責めに帰すべき理由なく報酬を減額することフリーランスの責めに帰すべき理由なく返品を行うこと通常相場に比べ著しく低い報酬の額を不当に定めること正当な理由なく自己の指定する物の購入・役務の利用を強制すること自己のために金銭、役務その他の経済上の利益を提供させることフリーランスの責めに帰すべき理由なく給付の内容を変更させ、又は やり直させることそこで実務的に注意が必要と思われる禁止行為について詳しく解説します。(1)フリーランスの責めに帰すべき理由なく受領を拒否すること下請法における「受領拒否の禁止」に相当する規制と思われます。あくまでも「フリーランスの責めに帰すべき理由」が無い場合に限定されます。納品されたものが発注時に合意していた基準を満たしていない場合のように、フリーランス側に帰責事由がある場合に、やり直しを求めるために納品を受け取らないことを禁止するものではありません。フリーランス側に帰責事由が無いケースでは納品を拒絶するとこの規制に違反することになるため、最終クライアントの都合で納品が不要になったケースで、それだけを理由にフリーランスから納品を受けることを拒否すると、この規制に違反する可能性が非常に高くなる点には注意が必要です。(2)フリーランスの責めに帰すべき理由なく報酬を減額すること下請法における「下請代金の減額の禁止」に相当する規制と思われます。これも先ほどの(1)と同様に「フリーランスの責めに帰すべき理由」が無い場合に限定されます。納品が基準を満たさず不十分である場合や一部しか完成していないようなケースでフリーランス側に帰責事由が認められる場合に金額を減額するという措置を禁止するものではありません。(3)通常相場に比べ著しく低い報酬の額を不当に定めること下請法における「買いたたきの禁止」に相当する規制と思われます。著しく低い報酬の額というのをどのように考えるべきかという疑問を持たれる方も多いでしょう。下請法では、「発注した内容と同種又は類似の給付の内容に対して通常支払われる対価に比べて著しく低い額」を不当に定めることを禁止しています。また、「通常支払われる対価とは、同じような取引の給付の内容(又は役務の提供)について、その下請事業者の属する取引地域において一般に支払われる対価(通常の対価)のこと」をいうとされています。公正取引委員会HP「ポイント解説下請法」P8フリーランス保護新法においても同様の解釈となるかという議論はありますが、継続的に発注を行っている中で、急に一方的な単価の値下げなどを行った場合には、こうした規制に触れる可能性は十分に考えられます。価格変更の際にはフリーランスと十分に協議を行い、協議の経過を記録に残しておくことで一方的なものではなく、不当なものではないという証拠とすることができ、後のトラブルを避けることができます。(4)フリーランスの責めに帰すべき理由なく給付の内容を変更させ、又はやり直させること下請法における「不当なやり直し」に相当する規制と思われます。①や②の規制と同様に「フリーランスの責めに帰すべき理由」が無い場合に限定されています。そのため、納品を受けたものに問題がありフリーランス側に帰責事由が認められる場合にその修正を求める行為は該当しないものと考えられます。なお、この規制については、「フリーランスの利益を不当に害してはならない。」という要件が付加されている点にも留意が必要です。違反時の措置では、こうした禁止事項に違反した場合にはどのような措置がなされるのでしょうか。これについては、現時点では「助言、指導、勧告、公表、命令を行うなど、必要な範囲で履行確保措置を設ける」とされているに留まり、具体的にはは定まっていません。フリーランス保護新法が参考とすることが予想される下請法においても同様の措置が定められていますが、それ以外のもので下請法において定められている親事業者への制裁としては、遅延利息の支払いがあります。下請法では、役務提供を受けた日から60日以内に代金を支払う義務が定められていますが、これに違反して代金の支払いを遅延すると年率14.6%という非常に高額な遅延利息を支払う義務を負うことになります(下請法第4条の2)。現時点では、こうした遅延利息についてフリーランス保護新法において定められるか不明ですが、フリーランス保護新法においても同様の定めが置かれる可能性があるため、支払いスケジュールはしっかりと確認しておく必要があるでしょう。2. 実務への影響と課題フリーランス保護新法が制定された場合に、真っ先に課題となるのが書面交付義務を発注者がいかに遵守するかという点になるでしょう。特にフリーランスとの取引においては、これまで契約書を締結していなかったという事業者も少なくないことが予想されます。フリーランス保護新法の制定後は同法で求められる事項を漏れなく定めた契約を締結し、文書化する対応が求められます。適切に対応することは必要ですが、下請取引の場合には公正取引委員会が書式をウェブサイトで公表するなどしており、フリーランス保護新法においても同様の措置が期待されます。また、リーガルテックベンダーをはじめとする様々なプラットフォームから同法に対応したフォーマットと電子署名を組み合わせたサービスが登場することも十分考えられるところです。これまで契約書などを通じて明確になっていなかった点が今後は明確となるという意味もあるため、発注者にとって常に不利に働くとも限りません。新たな規制に必要以上に警戒をするのではなく、既存の書式やサービスなどを下敷きに自社ではどういった対応をすべきかという点を検討しつつ、今後の経過を注視することが現時点では適当なように思われます。