偽の国会議員バッジを着けて、霞が関の外務省、厚生労働省や環境省が入る中央合同庁舎に侵入したとして、無職の男が建造物侵入容疑で逮捕されました。今どき、重要な情報や貴重品を扱っているオフィスや店舗では、セキュリティも厳重です。最も重要な部屋の出入りにはカードキーや暗証番号に加えて生体認証まで必要な所もあります。もちろん入退室は防犯カメラで録画されます。新しいビルでは、入る際に受付で入館許可を確認しビジターカードを受け取らないとゲートを通過できない所がほとんどです。そんな時代に、この男はどうやって日本の中枢である中央官庁の庁舎に侵入したのかと思ったら、偽の議員バッジを着けて呼び止められることなく建物に入ることができたというのです。更に、自宅を捜査したところ「組対二課」と書かれた捜査員用の腕章2点が見つかり、警視庁丸の内庁舎(仮庁舎)や愛宕署にも侵入していたことがわかりました。警視庁へもスーツ姿で侵入していたようです。 自治体の庁舎や役場のセキュリティは?この事件を伝えるニュースは犯人の「自己満足感を味わうために入った」という動機ばかりが取り上げられていましたが、一視聴者、報道の受け手としては国家の中枢、官公庁・警視庁のセキュリティは大丈夫なの? と不安になってしまいます。私たちの日常では民間企業が様々なリスク回避のためにセキュリティレベルを上げている一方、自治体の庁舎などでは入館・入室時にもほとんどセキュリティチェックはありません。窓口業務ではカウンターが仕切りとなっていますが、通常の執務スペースのフロアは、パーティションや書類棚が仕切りとしてある種の結界のように公開スペース(通路)と非公開スペースを隔てているだけです。何気ない顔をして中に入ろうと思えば誰でも入れてしまいそうです。 議員バッジは何のために着けるのか?議員バッジは正式には議員記章といい、国会議員だけでなく地方議会議員もそれぞれの意匠のバッジを着用します。衆議院であれば衆議院議員記章、参議院であれば参議院議員記章であり、議院それぞれに記章規定が定められそれに従った運用がなされています。国会では議場に入場する際に記章を着用(明示)していなければ入れませんでした(現在は記章の代わりとなる身分証明書も発行されています)。極端に言えば、国会の議員バッジは、議院内で自由に行動するための通行証です。ただし、衆議院議員記章では参議院の本会議場へは入場できませんし、その逆もまた同様です。議院記章は議員だけでなく、前議員記章や配偶者記章、秘書官記章、公務員記章、記者記章、職員記章など30数種類もあり、それぞれで着用が許される人、通行できる範囲などが細かく決められています。もちろん、全てがバッジではありません。国会に参考人として招致された際に付ける記章はリボンですし、テレビ中継の技術スタッフは腕章だったりと形態も様々です(記章の着用と共に帯用証も首から提げます)。そのため、警備係は記章を目視で確認し、それぞれの種類と通行可能範囲や規定を把握しておかなければなりません。今どきどれだけアナログなんでしょう。 議員バッジは議院内を通行するために定められた通行証の一つであり、国会議事堂や議員会館を出てしまえば、特別必要な場面はありません。オフィスで首から提げる通行証と同じです。今回は外務省内をスーツ姿でうろつく男に違和感を覚えた警備員が通報したことがきっかけで逮捕されました。議院記章規定が及ばない場所では、男性が期待したほど議員バッジには神通力がなかったということでしょう。 伝統? 権威主義? いまだに残るアナログなセキュリティ対応議会と同様に、特定の施設への入場を許可される身分の者であることを証明する記章は、テレビドラマでも目にすることがある判事や弁護士バッジの他、プロ野球やJリーグのフランチャイズ球場でいわゆる番記者に渡されるペンバッジなどがあります。しかし、このようなバッジが通行証として正しく機能するには、係員が所有者(の顔)を覚えておかなければなりません。なぜなら国会議員記章であれば、議員資格がなくなっても返還の義務がないうえに、今回の事件のようにネットなどで偽バッジが簡単に手に入り、バッジだけを頼りに判断していたら本来通行できない人まで通してしまうことになります。偽バッジで国会に侵入しようとしていたら、その場で衛視に止められて不審者として連絡されていたかもしれません。こうなると、もはや記章は形式的な見せかけで運用しているだけではないかとも思えてしまいます。テレビで若手の芸人さんが、自虐的にテレビ局の警備員さんに止められた話をしますが、逆に言えば売れているタレントさんやベテランの俳優さんは顔が通行証ということです。 記録が残らないアナログからデジタルへこのようなバッジや通行証がなくても「顔パス」で通行できることがステータス・権威を象徴する世界はまだまだたくさんあります。以前のコラムで昭和の価値観について書きましたが、従業員には通行証や社員証の提示、あるいは記帳などを義務づけながらも、社長や取締役、あるいは学校法人や医療法人の理事長などは顔パスというところも少なくありません。そういう所に限って同伴者もそのまま通過させたりして記録が残りません。昭和の時代には「社長出勤」なんていう言葉もありました。しかし今、スタートアップやベンチャーで伸びている企業のトップは誰よりもよく働いています。偉い人をセキュリティ上特別扱いする、されるのが当たり前の時代は過去のものです。企業におけるセキュリティは保護・防護だけでなくアクシデントやクライシスに際し、いかに原因や経緯を詳細に把握できるかも重要になります。そのためには全ての人の行動や物・情報の移動履歴を残すことが重要です。入退室・入退館、機械警備システムをデジタルで管理するのが一番です。大がかりな投資が無理であれば、まずは防犯カメラを設置することから始めても良いでしょう。今は1台数千円から購入できます。そして、社長でも従業員でも同じルールを適用し運用するべきです。もちろん、アクセスレベルに差は作るでしょうが、運用ルールは共通でなければなりません。デジタルであれば機械に忖度はありません。 現職の国会議員になりすまして「JRパス」(国会議員用鉄道乗車証)を悪用し、新幹線のグリーン券などをだまし取ったとして、元国会議員が詐欺などの罪に問われた裁判が10月24日に結審しました(判決は12月)。この詐欺も、JRパスの運用がいまだにアナログだから起きたとも言えます。JRパスは自動改札を通らず、駅係員に見せるだけで通過し自由席であれば予約無しで無料で乗車できます。このJRパスも使用期限を設定したICカードに替えてしまえばこんなことは起こらないのですけどね。日本国においても、国会周りのデジタル化が急務でしょう。