皆さんは「リスペクト・トレーニング」という言葉を聞いたことはありますか。これは最近、映像制作業界が取り組んでいる、ハラスメント防止に向けた対話でのトレーニングです。始まるきっかけとなったのは2017年に米国で起きた「#Me Too運動」でした。映画プロデューサーの性暴力・セクハラ疑惑から、その被害を受けた人たちがハッシュタグ「#Me Too」をつけてSNSに投稿する「#Me Too運動」というキャンペーンが行われました。これにより、これまで沈黙していた多くの人がハラスメントを打ち明け、映像制作業界のハラスメントが広く認知されることになりました。米国の映像制作業界には古くから俳優の労働組合があり、ハラスメントも防がれてきたと思われていましたが、実態はそうではなかったということです。この「リスペクト・トレーニング」は日本でもNetflixやNHKなどが取り入れています。Netflixでは2019年に配信された「全裸監督」で導入され、現在は日本で制作するものすべてに導入されました。NHKでは大河ドラマ「鎌倉殿の13人」を制作する際に導入されています。事前に対話することで、相手を尊重する気持ちをつくるでは「リスペクト・トレーニング」とはどんなものなのでしょうか。これは映像制作の撮影に入る前に全スタッフに対して、パワハラやセクハラなどハラスメントが起こりそうなシチュエーションについて、その感じ方や対応について互いに考えを述べるトレーニングです。ここでの「リスペクト」とは「相手を尊重する、大切にする」といった意味であり、互いに意見を述べながらハラスメントについて理解を深め、相手を尊重する気持ちを養っていきます。現状では人材サービス会社などと協力して講師を確保して行うケースが多いようです。また、Netflixでは「リスペクト・トレーニング」に加え、映像作品で性的な描写などを撮影する際に俳優をサポートする専門家であるインティマシー・コーディネーター(Intimacy Coordinator)を導入しています。Intimacyとは「親密、親交」という意味です。インティマシー・コーディネーターは性的な描写があるシーンの撮影に際して、俳優に代わって監督が考えるシーンの内容を確認し、それを俳優に伝えてどこまで許容できるか、対応可能かを確認していきます。最近では日本でもBS-TBSで放送されたドラマ「サワコ~それは、果てなき復讐」で導入されました。「コミュケーション=対話」の少なさがハラスメントを生む現実厚生労働省が2020年に行った「職場のハラスメントに関する実態調査」によれば、”ハラスメントが起こりやすい職場の特徴”で、もっとも多かったのはパワハラ、セクハラともに「上司と部下のコミュニケーションが少ない/ない」でした(パワハラ37.3%、セクハラ34.4%)。やはり「コミュケーション=対話」の少なさが、ハラスメントに大きく影響していると思われます。その意味でも、撮影前に「リスペクト・トレーニング」という対話を行うことは、ハラスメントの防止に非常に役立つといえるでしょう。事例をもとに対話を行う「リスペクト・トレーニング」で、意識すべきポイントとしては次のようなものがあります。そのケースにおいて、誰がどのような感情を持つ可能性があるか?そこで交わされた言動について、相手を尊重する気持ちがあったと思えるか?どのように行動し、発言すれば、相手に対して尊重していると感じてもらえるか?以前からある慣習や経験を重ねることによる慣れから、ハラスメントが起きても当事者や周囲が気づかないケースは多くあります。事例について事前に話し合い、人がどんなことを不快に感じるのかを知ることで、不快さに敏感になったり、被害にあっている人に気付きやすくなる効果が期待できます。そうすることにより、ハラスメントが防止される環境づくりが進められるようになります。「リスペクト・トレーニング」の手法は広く企業でも活用できるこうした「リスペクト・トレーニング」によるハラスメント防止の試みは、映像業界に限らず、広く企業においても取り入れ、実践できる手法といえます。エン・ジャパンが2021年に行った「パワハラ対策」実態調査」によれば、「職場でのパワハラ対策」を行っている企業は66%でした。パワハラ対策を進める上での課題を聞いたところ、以下のような点が上位にあがりました。管理職のパワハラに対する認識・理解が低い 55%パワハラの基準・境界が曖昧 43%経営層のパワハラに対する認識・理解が低い 37%一般社員のパワハラに対する認識・理解が低い 33%やはり企業内での対話の少なさや、ハラスメントそのものに対する知識不足、認識不足が問題といえます。企業によるパワハラ対策の実施内容を聞いたところ、上位は社内に相談窓口を設置 80%就業規則に罰則規定を設ける 56%パワハラの対策方針の明確化 45%管理職向けの研修・講習会の実施 44%従業員向けの研修・講習会の実施 33%でした。まだ企業においては、「リスペクト・トレーニング」のような具体的な事例をもとにした対話を行う施策は少ない印象があります。そもそも事例について話すには、社内でハラスメントの情報収集をすることが必要です。アンケートによるハラスメント調査というやり方もありますが、腹を割って話せて、人に気兼ねなく話せるやり方としては1on1ミーティングの活用があります。そうした場で「リスペクト・トレーニング」のように、どんなことがハラスメントになるのかを伝え、そのような場面がないかを確認することが求められます。また、社内で雑談ができる雰囲気づくりを行うことも大切です。雑談ができる状況があれば、グチ交じりの話の中でもハラスメントの芽といったものを見つけることが可能になります。最近はオンラインでの業務も増え、雑談が減ったといわれますが、ミーティングの挨拶時に雑談の時間を取るなど、ルール化も一つの方法です。企業においても「リスペクト・トレーニング」のように、気まずいことを話せる場をいかにつくれるかが、ハラスメントリスクを下げる一番の方策になるといえるでしょう。