東京に本社を置くプラスチックメーカー天馬株式会社の前社長ら3人が、ベトナムで現地公務員へ現金2,360万円を渡した行為が不正競争防止法における外国公務員贈賄罪に該当するとして東京地裁は11月4日に有罪判決を言い渡しました。外国公務員への贈賄については、過去にもパナソニックの子会社が政府関係者を顧問として雇用した行為が米国のFCPA(海外腐敗行為防止法)に違反することを理由に米国司法省が2億8,060万ドルもの制裁金を課した事例もあり、企業にとっては非常に大きなリスクとなり得ます。しかし、どういった行為がどの国の法令において規制されるのかといった点について分かりにくく、どういった点に注意すべきなのか分からない方も多いのではないでしょうか。そこで、本記事では外国公務員と贈賄リスクについて解説します。1. 外国公務員への贈賄と国際的な取り組み外国公務員に対する贈賄行為の規制は、1976年のロッキード事件を契機にアメリカが外国公務員に対する商業目的での贈賄行為を違法とする「海外腐敗行為防止法」を制定したことから始まります。ロッキード事件とは、アメリカの大手航空会社ロッキード社による、同社の旅客機の受注を巡り起きた汚職事件です。この事件は、アメリカや日本だけでなく、オランダやヨルダン、メキシコなど多くの国の政財界を巻き込んで世界的な汚職事件となりました。この事件後、アメリカは自国だけではなく国連、OECD等においても同様の取組を要請し、97年12月にパリにて、国際商取引における外国公務員に対する贈賄の防止に関する条約(OECD外国公務員贈賄防止条約)は日本などのOECD加盟国を含む33カ国が署名し、99年2月に発効するに至りました。この条約の締約国は2017年には43カ国まで増加しており、各締約国は条約に従い、それぞれの国の国内法において外国公務員への贈賄行為を犯罪として処罰する取り組みを行っています。2. 日本における規制日本では、OECD外国公務員贈賄防止条約に従い98年9月に不正競争防止法の一部を改正し、不正競争防止法第18条において外国公務員等に対する不正な利益の供与等を禁止しています。そこで、不正競争防止法における外国公務員贈賄の罪について解説します。不正競争防止法と外国公務員贈賄の罪不正競争防止法において外国公務員贈賄の罪は以下の様に定められています。(外国公務員等に対する不正の利益の供与等の禁止)第十八条 何人も、外国公務員等に対し、国際的な商取引に関して営業上の不正の利益を得るために、その外国公務員等に、その職務に関する行為をさせ若しくはさせないこと、又はその地位を利用して他の外国公務員等にその職務に関する行為をさせ若しくはさせないようにあっせんをさせることを目的として、金銭その他の利益を供与し、又はその申込み若しくは約束をしてはならない。少し分りにくいのですが、ここで禁止されている行為は、外国公務員へ(1)不正に利益の供与を行うこと、(2)(利益の供与の)申込みをすること、(3)(利益の供与の)約束をすることの3つの行為が禁止されています。なお、外国公務員に直接利益を供与したようなケースだけで無く、第三者を介して利益供与などを行った場合でも外国公務員への行為とされる可能性がある点には注意が必要です。例としては、外国公務員と共謀している第三者や、外国公務員の親族等のケースが挙げられます。引用:経済産業省「逐条解説不正競争防止法」P213よりつまり、実質的に外国公務員への利益の供与とされるケースでは、相手方が外国公務員でなくても本条によって処罰される可能性があるということになります。そのため、相手方が公務員ではないため問題ないだろうと考え、金銭等を贈与したケースでも処罰対象になり得るという点は十分注意が必要です。なお、本条に違反した場合には、5年以下の懲役又は500万円以下の罰金となりますので、この点も併せて押えておきましょう。実際の事例不正競争防止法にて外国公務員贈賄罪が制定されて以降、令和2年6月までの間に同法に違反するとして訴追を受けた事例は9件あります。その中でも、参考となるのが東京地裁平成31年3月1日の事例です。この事例は、ボイラー、ガスタービン等の機器及び装置の開発、製造等に関する業務等を行う会社が、タイ王国の公務員に対し、許可条件違反を黙認して有利な取り計らいを受けたいとの趣旨で、現地の下請業者から派遣された者を介して、現金1,100万タイバーツ(当時の円換算3,993万円相当)を供与したという事案です。この事例では、贈賄に関与したとして3名が起訴されていますが、その中に贈賄行為を実行していない取締役も処罰されている点はポイントです。この事例では、取締役が贈賄行為にどの程度加担したかという点が争点となり、最高裁まで争われました。最高裁は、取締役であり決定権があったことや、贈賄行為を積極的に止めるような指示をしなかったこと、「仕方ないな」と発言して贈賄行為を認めたことを重視して共謀共同正犯の成立を認めました。このように経営者であって、自身が直接指示したり、贈賄行為を行った場合で無くても共同正犯として処罰される可能性がある点には十分注意が必要です。3. 外国における規制日本における不正競争防止法と同様に諸外国においてもそれぞれの国ごとに外国公務員への贈賄を禁止する法令があります。その中でも特に注意しておく必要があるのが、FCPAとUKBAです。FCPAとUKBAFCPA(海外腐敗行為防止法)は米国、UKBA(贈収賄禁止法)は英国における法律でいずれも公務員への贈賄を禁止する内容を含むものです。この二つの法律はいずれも米国と英国の国内法ですが、適用対象となる可能性が非常に広くなっている点に特徴があります。そのため、日本法人が米国外で行った贈賄行為に対してFCPAが適用されるなど、当事者にとっては予想外のケースで適用される可能性がある点には注意が必要です。また、以下の事例でもご紹介するように非常に高額な罰則が科されるリスクもあり、国際的なビジネスを行う企業にとっては見落とすことのできないリスクです。実際の事例FCPAの適用事例としては、2018年のパナソニックとパナソニックの米国子会社が、ある国の国営航空会社との契約成立のために、政府関係者を顧問として雇用した行為が贈賄行為に該当するというものです。この事例で、米国司法省は計2億8,060万ドル(約310億円)もの制裁金を科されました。この事例でポイントとなるのは、贈賄行為がアメリカ国外で行われたものであり、相手方も国外の公務員である点、そして顧問として雇用し報酬を支払った行為が贈賄とされている点です。そのため、顧問やコンサルタントなど正当な名目として報酬を支払った場合であっても贈賄行為とされる可能性がある点には注意が必要です。4. 事例から見る海外の公務員との接触の際の注意点まずは、海外の公務員やその関係者と接触や、何かしらの利益を提供する可能性がある場合には、事前に経営層やコンプライアンス担当者へ相談を行ったうえで実施するように体制作りをしておくことが重要です。事前に経営層がこうした情報を把握しておくことで、実際に米国司法省や現地当局などから問題視された場合に迅速に対応でき、当局への対応が容易となる点は大きなメリットです。また、現地でコンサルタントや代理店などと契約をする場合には、相手方が親族を含め政府関係者や公務員などがいないか確認し、あらかじめ誓約書を取っておくことも重要です。