スタートアップ企業が新しい商品やサービスを知ってもらうためには、広報が大事だとよく言われることです。どんなに良い画期的な商品やサービスも、知られなければ存在しないのと同じなのですから。そこで、告知のために広告などを検討しますが、マスに向けた商品やサービスだと広く認知して貰うにはそれなりの予算が必要です。スタートアップでは、限られた資金をどこに重点的に配分するかも重要で、広告費に予算を割く事ができるのは限られたケースです。お金が掛からない広報を強化するそこで、広告ではなく影響力のあるマスメディアに「無料」で取り上げて貰うことができる広報活動に力を入れるべきだと、スタートアップセミナーなどで盛んに勧められます。ニュースリリースを発信し、メディアに個別に訪問するなどでメディアにアプローチしなければなりませんが、多くの場合は限られた社内リソースで広報経験者もいなければノウハウもないので、うまくいくわけがありません。そこで、PR会社にアウトソースしたり、コンサルティングやサポートを依頼することになります。広報PR会社は大小様々存在します。20年ほど前まではPR会社は実質大手十数社と外資系、そのほか業界や分野に特化した専門PR会社くらいしかありませんでした。それは、メディア=マス4媒体(新聞、雑誌、ラジオ、テレビ)や通信社とのパイプを築くためには長い時間が必要で、新規参入が困難だったからです。さらに、業界ごとの記者クラブも存在し、メディアの担当記者との窓口は記者クラブとなっていました。これまで、記者クラブを通してのリリース配信には様々な制限や決まり事がありました。しかし、インターネットの普及と共に、オンラインメディアをメインの広報ターゲットとするPR会社がたくさん誕生しました。現在では、PR会社でさえもスタートアップ企業が多く存在し、契約料金もピンキリです。近年はネットでニュースリリースを配信できるサービスも多数あり、それぞれの配信会社が提携しているオンラインメディアには自動で配信されるため、確実にメディア掲載に繋がります。さらには、既存のマスメディアにもメールやFAXでも配信するところもあります。 猫も杓子も広報PR活動に力を入れ始めた結果しかし、安く簡単にニュースリリースが配信できるようになった結果、メディアには毎日大量のニュースリリースが配信されるようになりました。それぞれのメディアで欲しい情報や取り扱いたいネタは違います。主要メディアはニュースリリースを配信しただけではまず取り上げてはくれません。取り上げて貰うためには結局、個別にアプローチしてフォローしなければならず、更にはメディアに振り向いて貰うために、有名タレントなどを招いて新商品・サービスのお披露目会見することもあります。しかし、これも相当なコストが掛かりますし露出も一時的です。 SNSでできることの限界と落とし穴そこで、できるだけ出費を抑えて認知度をあげようと、TwitterやFacebook、InstagramなどのSNSやYouTube、TikTok、LINEなども駆使することになります。スタートアップ企業には若いメンバーが多く、SNSやネットメディアの活用は簡単にスタートできます。しかし、企業発信のものはよほど話題になるような商品あるいは幸運がなければ、いわゆるバズるほどの広報効果は期待できません。話題性よりもむしろ、商品やブランドの信頼感や安心感、身近に感じてもらうなどその先に何を伝えるかが重要です。それどころか不適切な投稿が炎上し、商品やブランド、会社の評判や信頼を損なうことになる例も見受けられます。始める前に戦略を練り、目標設定をし、投稿ルールやトーン&マナーの確認など怠ってはいけません。スタートアップの企業は若い創業者と若い従業員で構成されていることが多く、往々にして勇み足や思慮不足で問題を起こしがちです。 スピードを求める余りに自ら危機を招くスタートアップでは、他者に先んじる早い意思決定、スピードを優先する行動様式が重んじられる傾向が強いため、それを阻害するような行動や意思決定は否定されがちです。そのため、多少のルール違反やコンプライアンス違反には目をつぶるようなこともあります。業績が好調に推移し勢いがあるときには、それに水を差すような消費者からの指摘やクレームを無視することもあります。健康食品やサプリメント、化粧品などのスタートアップでは、原材料表記、効果効能や広告表現について、国民生活センターや公正取引委員会、消費者庁などからの指導や摘発がたびたび公表されます。公表されることでそれ以上の違反を防ぐことができれば良いのですが、公にならないまま隠し続けたり否定し続け、事態が悪化してしまうこともあります。官民あげて新しいマーケット創造のために実証実験を行ったり、規制緩和を求めて特区を申請していたりすると、臭い物には蓋をしておこうということにもなります。 万が一のクライシスに慌てないためにスタートアップでひとたび商品不良やトラブル、不正・偽装などの不祥事で、顧客や広く社会に公表しなければならないような事態が起こったとき、速やかに正しい情報発信ができるところはほとんどありません。何故なら冒頭で触れたように、社内に広報経験者を有しているケースはごく希で、ましてやクライシスコミュニケーションを経験した広報担当者が在席している可能性はほとんどないでしょう。同時に、アウトソースで広報を業務委託しているPR会社も、危機対応ができるところは限られています。PR会社でさえ社内で対応できないと、別のPR会社の助けを求める例もあります。危機管理広報を理解している広報担当者は大企業でもほとんどいません。実際の企業危機に際しての広報対応は非常にセンシティブで、失敗は許されません。広報がそのような危機対応をする場面があってはならないですし、スタートアップ企業で広報にそれを前提とした準備を求めることもありません。経営からの要求は、起こるはずがない事に対してエネルギーを使うよりも、商品やブランドの認知のためにエネルギーを使えというベクトルになります。危機管理広報は経験値が求められるが故に、スタートアップでそのような人材を確保することは非常に困難となります。加えて、危機管理広報への理解も関心も無い経営者が多いために、いざ危機となった時に対応の仕方も相談先もわからないまま不適切な対応で火に油を注ぎ、更なる危機に陥ってしまいます。せめて、いざというときに適切なアドバイスやサポートをしてくれる相談先やアドバイザーをリストアップくらいはしておくことをおすすめします。