2023年4月1日から施行される改正労働基準法によって、中小企業がこれまで猶予されていた月60時間以上の時間外労働について、50%の割増賃金を支払う義務が課されます。今回は労働基準法の改正内容と必要な対応、未対応の場合のリスクについて解説します。2023年4月施行の改正労働基準法とその内容まずは改正内容について解説します。1.改正のポイント今回の改正の最大のポイントは冒頭でも触れたとおり、月60時間を超える時間外労働に対して50%の割増賃金を支払う義務が中小企業にも課さ れる割増賃金の支払いに変えて代替休暇(有給休暇)を認めることも可能とする2点が改正のポイントとなります。2.改正の背景改正法自体は平成20年12月改正のものでかなり古い改正法になります。実際、2023年現在、既に大企業は月60時間を超える時間外労働については50%の割増賃金を支払う義務を負っています。他方で、中小企業はこうした義務の適用を猶予されていました。しかし、少子化が進む中で子育て世代の長時間労働が問題視された結果、2019年に施行した「働き方改革関連法」により、時間外労働を抑制することを目的に中小企業にも大企業と同様に50%の割増賃金を支払うことを義務付けることが決定しました。3.中小企業とは2023年4月1日から適用の対象となる中小企業とはどういった定義なのか疑問を持たれる方も多いのではないでしょうか。そこで、中小企業の定義について確認します。厚生労働省の作成した資料によると、中小企業に当たるかは(1)業種(2)資本金の額又は出資の総額(3)常時使用する労働者数によって定まるとされています。具体的には以下の表の通りになります。業種資本金の額又は出資の総額常時使用する労働者数小売業5,000万円以下50人以下サービス業5,000万円以下100人以下卸売業1億円以下100人以下その他の業種3億円以下300人以下これに該当する場合には中小企業として2023年3月31日までは、月60時間を超えた時間外労働に対し50%の割り増し賃金を支払う義務を免除されていました。なお、この表を超える企業、例えば小売業で資本金が6,000万円の会社のような企業は大会社として取り扱われることになります。そのため、改正法の施行前から50%の割増賃金を支払う義務を負っている点は押さえておきましょう。4.違反時の罰則時間外労働の割増賃金を支払う義務については労働基準法第37条第1項に定めがありますが、同条項に違反した場合には、6ヶ月以下の懲役又は30万円以下の罰金が課されることになります(労働基準法第119条第1号)。刑事罰の対象となる義務のため違反を犯すことは許されず、対応は絶対に必要という点を押さえておきましょう。企業が割増賃金を支払う場合改正のポイントについて解説したところで、時間外労働のように割増賃金を支払うケースについても押えておきましょう。1.割増賃金は3種類割増賃金には時間外労働、休日手当、深夜手当の3種類があります。割り増しの割合については以下の表のようにまとめることができます。種類支払いの条件割増率時間外法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超えたとき25%以上時間外時間外労働が1ヶ月45時間、1年360時間等を超えたとき25%以上(努力義務)時間外時間外労働が1ヶ月60時間を超えたとき50%以上(中小企業は2023年4月1日以降)休日手当法定休日に勤務させたとき35%以上深夜手当22時から5時までの間に勤務させたとき25%以上このうち、今回の改正で影響を受けるのが時間外労働が1ヶ月60時間を超えたときのものです。各割増賃金はそれぞれの条件を満たした場合には加算関係に立ちます。したがって、例えば1ヶ月60時間以上の時間外勤務を22時から5時までの間にさせた場合には時間外労働の50%に25%を加えた75%の割増率を支払うことになります。こうしたケースで75%の割増賃金を支払うのは大企業のみでしたが、今後は中小企業も義務の対象となるため重要な改正です。施工への対応とポイント改正法の施行に当たってどのような点に注意して対応をすべきか、ここからは各企業で対応のポイントとなる点を解説します。1.就業規則の確認今回の改正法の施行前には、中小企業の多くは月60時間を超える時間外労働に対して25%の割増賃金を支払っているものと思われます。こうした場合、就業規則に時間外労働については一律25%の割増賃金を支払う旨が明記されているケースも少なくありません。こうした場合、法の定めと自社の就業規則が矛盾してしまうことになるため、就業規則の表現を変更する必要があります。具体的には、厚生労働省の資料では次のような定めが例として挙げられています。(太字下線部分は筆者追加)(割増賃金)第○条 時間外労働に対する割増賃金は、次の割増賃金率に基づき、次項の計算方法により支給する。(1) 1か月の時間外労働の時間数に応じた割増賃金率は、次のとおりとする。この場合の1か月は毎月1日を起算日とする。時間外労働60時間以下……25%時間外労働60時間超……50%このように月60時間を超える時間外労働に対しては50%の割増賃金を支払う旨を明記する方法が記載例として考えられます。また、これ以外にも代替休暇が取れる旨を定めることも考えられます。2.労使協定の再締結今回の改正法の施行により企業は60時間を超える時間外労働に対しては、50%の割増賃金を支払うか代替休暇を与えるかのいずれかを行う必要があります。代替休暇を与えるためには、以下の事項について労使協定を結ぶ必要があります。代替休暇の時間数の具体的な算定方法(換算率を何%にするかなど)代替休暇の単位代替休暇を与えることができる期間代替休暇の取得日の決定方法、割増賃金の支払日なお、注意が必要なのは代替休暇をとるか否かは従業員の選択にゆだねられることとなります。そのため、会社が代替休暇を取るように強制することはできません。労使協定を締結しても割増賃金の支払い義務が消えるわけではない点には十分注意しましょう。3.助成金の活用既に60時間以上の時間外労働が恒常的に発生している中小企業にとって今回の改正法の施行は大きな負担となる可能性があります。こうした点への対応として、時間外労働が生じている現状の業務効率を改善することが考えられます。業務効率の改善の方法はいくつか考えられますが、例えば労務管理の報告業務が効率的に進んでおらず、時間がかかっていたために月60時間以上の時間外が発生していたようなケースでは、勤怠管理システムの導入による効率化が考えられます。こうした勤怠管理システムの導入費用等に「働き方改革推進支援助成金」で助成を受け導入するという方法も考えられます。自社で発生している時間外労働を削減するための措置にこうした助成金が活用できないかを検討するのも、対応の一つのポイントとなるでしょう。まとめ50%の割増率は施行前のものと比較して2倍の負担となるものであり、中小企業にとって非常に重い負担となり得る反面、違反した場合には刑事罰が科される可能性がある点で無視は絶対にできません。まずは業務の効率化を図り、時間外労働を抑制することができないかといった点から検討してみましょう。