9月7日14時、日本中が注目する中、ジャニーズ事務所の会見が始まりました。テレビ各局・ネットがライブ配信し、会場のテーブルに登壇者の名札が一つずつ設置されるところから中継が始まり、順に置かれる名札によって誰が出席するのかが明かされました。記者会見の様子はテレビ各局の生放送でも、夕方~夜の報道番組、あるいは週末の1週間まとめのワイド番組などでも繰り返し放送されているだけでなく、ネット上にはノーカットの記者会見がいくつもアップされていますのでここでは割愛します。記者会見の評価についても、各種メディアでたくさん取り上げられています。ただ、リスクデザインの視点から気になることがあるので記してみたいと思います。1. コーポレートサイトには重要な情報が隠れているここで少し時間を遡ります。このような(謝罪)会見を取材するときには、記者は当然事前に色々と調べて会見に臨みます。最初にあたるのは企業のコーポレートサイトで基礎情報を確認します。事件や事故・不祥事があると、お知らせやプレスリリースのページに何かしらの情報がアップされているものです。ジャニーズ事務所のサイトを開くと、「お知らせ」のページにはジャニー喜多川氏の性加害問題に関するものがいくつも並んでいます。しかし、会見に関する事は何もありませんし、会見で明かされた9月5日に代表取締役社長、副社長が引責辞任し、新しい代表取締役社長に東山氏が就任したことも記載がありません(9月13日時点でも)。会見でのサプライズ発表を狙ったためでしょう。更新のタイミングはわかりませんが、現在の会社概要のページには、代表取締役社長 東山 紀之、代表取締役 藤島ジュリー景子、従業員210名と記載されています。一方、お知らせのページには、7月1日付で3人の社外取締役が就任したことが記載されています。就任した3名は、元環境事務次官の中井徳太郎氏、元プロ野球選手であり記憶に新しいWBC日本一の侍ジャパンヘッドコーチを務めた白井一幸氏、三浦法律事務所パートナー弁護士でありサニーサイドアップグループ取締役の藤井麻莉氏。錚々たる顔ぶれです。特に白井氏の就任は話題になりました。世間でバッシングを受けている最中のジャニーズ事務所の社外取締役ですから、普通なら打診されてもそう簡単には引き受けられません。3人とも社会的にも経済的にもしっかりした基盤を持つ方達です。下手に引き受けると、今の社会的な立場も収入も大きく毀損してしまう可能性もあります。そんな状況の中であえて火中の栗を拾う決断をさせるだけの説得材料があったのでしょう。しかし、現在のサイトの会社概要には代表取締役2名の記載はありますが、他の取締役(引責辞任したとされる白波瀬副社長以外の4名も解任?)、社外取締役の記載はありません。就任したばかりの社外取締役3名は今も継続しているのでしょうか?2. 記者会見の仕切りは当初の予定から変更に?話を記者会見に戻します。登壇者が登場し、各自が名前の後ろに立ったところで司会者が記者会見の開始を告げた後に登壇者の紹介をし、各人が着席したところで司会者が自己紹介をします。「私はFTIコンサルティングのアサミと申します」。え? 思わずメモを取ってFTIコンサルティングをネットで調べました。コーポレートサイトの日本語の紹介はpdfになっていますが、Wikipediaによると「世界有数の金融コンサルティングファームの1つであり、最高峰のグローバル経営コンサルティングファームの1つとしてランク付けされている」とあります。社名のFTIはForensic Technologies Internationalの頭文字であり、同社の5つの事業セグメントの一つとして挙げられている「フォレンジック・訴訟コンサルティング」が祖業であったことがうかがえます。危機対応という視点でのアドバイザーでは、ジャニーズ事務所には壇上にいる顧問弁護士の木目田裕氏と、新たに迎えた社外取締役には弁護士の藤井氏もいます。さらには、藤井氏はPR会社のサニーサイドアップの取締役でもありサニーサイドアップの次原悦子社長と藤島前社長は家族ぐるみの付き合いの親友と言われています。6月の「外部専門家による再発防止特別チーム」の記者会見はサニーサイドアップが取り仕切ったと報道されています。6月の時点ではジャニーズ事務所の記者会見もサニーサイドアップが取り仕切る予定だったのではと思われます。週刊文春6月22日号では、藤井氏を含む3人の社外取締役が7月1日就任予定であることも既に書かれていますが、この記事でもサニーサイドアップグループが全面的にバックアップするという見込みの記事でした。社外取締役の人選や交渉にも関与したかもしれません。一方で、記事ではサニーサイドアップの次原社長はハラスメントに対しての危機意識が希薄であることを指摘しています。3. 司会者と会見の進め方に感じ取れる周到な事前準備8月29日に「外部専門家による再発防止特別チーム」が会見を行い、調査報告書が公表されました。67ページに及ぶ報告書は、想像した以上の衝撃をもって世間に受け止められました。この会見と報告書を受け、更にはその前の8月4日の国連人権理事会の調査報告会見もあり、藤島前社長と関係の深いサニーサイドアップでは予定していた記者会見は乗り切れないと判断したのではないでしょうか。事態の収拾に向けてより専門性が高く、しかもBBCの報道が発端であり国際的にも注目を集めている事案であることからFTIコンサルティングに相談することにしたのでしょう。客観的な視点を持った助言者の存在がうかがわれます。ここからは単なる謝罪会見ではなく、企業存亡を賭けた危機対応のフェーズです。再発防止特別チームからの指摘と提言を受け、それに最低限は回答を持って臨まなければなりません。8月30日に記者会見に向けての準備をスタートしたとしても、実質1週間。しかし、経験豊富なFTIコンサルティングであれば優先順位を決めて最低限必要な回答の会見を設定し、そこに向けた周到な準備ができたはずです。記者会見での質疑についても200や300の想定問答集は用意していたでしょう。少なくとも俳優である東山氏、井ノ原氏はそのくらいの物は頭にたたき込めます。全てを知っているだろう、白波瀬元副社長を出席させなかったのも、ビッグモーターの会見と同じく、一番の火種を排除することで会見の混乱と長時間化を避けることに成功しています。そして、藤島氏の社長辞任と共に東山氏は芸能界の引退を宣言して自らも退路を断ったというメッセージを送りました。藤島氏に関しては代表取締役に留まるという逆サプライズで驚かされましたが、いずれにしても追求の矛先の一つを外すことには成功しています。基本的には全員の質問を受けるという形でスタートし、4時間12分という長時間にわたりはしましたが、怒声や混乱もなくこの手の会見では比較的穏やかなうちに終了したのではないでしょうか。 4. スポンサーの契約打ち切り発表の仕方に疑問この会見後、ジャニーズのタレントをCMなどに起用するスポンサー企業が相次いで契約打ち切りやキャンペーンの中止などを表明したと報じられています。契約解除や打ち切りが報道されている企業のサイトで確認しようとしましたが、一般向けには公表していないようで見つけることができませんでした。中には今後新たな広告に事務所のタレントを起用しない方針を示したところもあります。各社の正式な発表文を手に入れられなかったのでどのような表現がされているのかは不明ですが、各社あまりに自己保身に走った拙速な表明のように私は受け止めました。経済同友会の新浪代表幹事が半ば興奮気味に語っているのもパフォーマンスのように見えて仕方ありません。企業各社の反応の背景には、「 OECD多国籍企業行動指針」、「 ILO多国籍企業宣言」ならびにそれらを元に経済産業省主導で策定した「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」があるのでしょうが、このガイドラインに「4.1.2.2 脆弱な立場にあるステークホルダー」という項目があるとおり、打ち切られるタレントへの配慮が何も無いと感じます。今回実名・顔出しで訴えている被害者以外にも数百人の被害者がいるとされているのですから、公表していないタレントの中にも被害者がいるかもしれないのです。それは、今広告で起用しているタレントさんかもしれません。被害者とは口に出せず、広告契約を切られてしまうことはセカンドレイプにも近い仕打ちでしょう。横並びを意識しすぎるあまりに想像力が欠如しています。記者会見の質問で、各メディアが過去の認識についてしつこく問いただしていましたが、メディアも広告スポンサー各社も、以前から知っていて、あるいはそのようなことには薄々感づいていてこれまで関係を続けていたことは誰の目にも明らかです。共犯者との誹りを受けても仕方がない立場です。急に手のひらを返して「知らなかった、自分たちは被害者だ」というのはあまりにも「小さい」。それぞれのタレントさんには多くのファンがいます。そのファンの購買行動に期待して起用しているのに、今度はそのファンを敵に回すだけでなく、思慮に欠ける判断は後に社会的な非難を受ける可能性もあります。メディアもスポンサー企業も、ジャニーズ事務所に非難の目を向けるだけでなく、自社の法務部や危機管理部門は正しく機能していなかった、あるいは機能していて(アラートやリスクの提示)も無視したのかなども調べる必要があります。5. 次のステップへの期限を明示しているのだから今回の会見の目的は、ジャニー氏他(報告書にはスタッフも指摘されている)の性加害があったことを事務所で公式に認めたこと、被害者への謝罪と補償に向けた取り組みをスタートさせること、この問題に真剣に向き合うことを宣言することであったと思います。それは、被害者やファンに向けてのものであり、マスコミに向けては「一緒に腹をくくる」覚悟を示せと迫るようでもありました。白波瀬元副社長の欠席は、一部マスコミ(ひょっとするとスポンサー企業も)からすればブーメランを回避できてほっとしたかもしれません。東山新社長は冒頭の挨拶で、「外部からChief Compliance Officer を招聘する」旨を明言しました。そして、質疑応答では10月1日に経営刷新した新体制を発表して再スタートするとも言っていました。この原稿を書いている9月13日に「故ジャニー喜多川による性加害問題に関する被害補償及び再発防止策について」が新たにサイトに掲載されました。「被害者救済委員会」を設置し、「被害者の補償受付方法・対象」、「再発防止策について」などが記載してあります。また9月中には、人権に関するポリシーの制定など再発防止特別チームが提言した内容に基づいたさらに具体的な再発防止策を公表する予定と続きます。7日の記者会見から1週間、かなりのスピード感で前に進んでいます。グローバルな視点とスピード感を持つFTIコンサルティングの助言とサポートによるものでしょうか。記者会見で明言していた10月に新体制を公表(10月1日ではなく2日と記載)しChief Compliance Officer を置くことも改めて記載してあります。FTIコンサルティングが高い視点で驚くような改革案を提言しているかもしれません。このときに事務所の名称についても含め、「解体的見直し」が発表される事を期待しましょう。場合によっては、再び代表取締役が交代しているかもしれません。広告の今後の継続・起用についてまだ意思表示をしていない企業は拙速な判断はせず、「性加害は絶対に許さないというスタンスは明確にしつつも10月2日の発表を待ってから」とまず表明し、成り行きを見守っても良いのではないでしょうか?