危機管理コラム読者からメールが先日、危機管理コラムの読者から編集部に一通のメールが届きました。人事異動の辞令に伴って「誓約書」へのサインを求められたものの、その内容に不安を覚えると共に、この誓約書自体に問題があるのではないかという問い合わせです。辞令は昇給(特別手当)を伴う異動(期限をきった特別職)ですが、誓約書には「任期途中でその職を離脱した場合には、着任日に遡り特別手当を返却することを約束する」旨が記されています。何が何でもその職を全うしなければならないという「圧」が感じられます。この誓約書にサインをした後に、病気やケガに限らずなんらかの理由でその業務が続けられなくなった場合、あるいは(期待した成果に届かず)再び辞令が下って別な職場に異動となった場合であっても着任日に遡って特別手当を返却しなければならないと読み取れます。この誓約書を受け取ったメールの主は「あり得ない内容の誓約書に対し、会社の人達はなぜ署名しているのだろうか」と感じたと言い、「このままこの会社にいて大丈夫なのだろうか、自分達は会社に信頼されていないのではないか」と不安を口にしています。賃金・手当は就業規則に記載されていなければならない新規事業や拠点展開に伴い、本人の希望や志向とは異なる職種への転換や、遠方への転勤や赴任などを命ずることはあります。あるいは海外など治安が悪かったり衛生状態が悪い場所に赴任したり、全く新しい市場やルートを開拓する任に就くようなときには職位を上げたり特別手当を支給したりということはよくあることです。もっと身近なところでは、多くの企業で出張の際に手当を支給しています。賃金に上乗せされる手当については、その支払い要件・内容や金額等について必ず就業規則に記載しなければなりません。労働契約の不履行に対する違約金このような特別手当を支給する職務に就く際に、うまくいかなかった、想定した成果が得られなかったから手当を返納しろということはできません。労働基準法16条では、以下のように「損害賠償予定の禁止」が定められています。使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。実際、期待した成果が得られないだけでなく、困難な仕事であるために本人の意思や努力に関わらず業務を全うできずに離脱することはあり得ます。特に、海外ではいつどのような形で地政学リスクが顕在化するかわかりません。無念の撤退ということもあるでしょう。それを不履行として違約金や損害賠償の支払を求めるという労働契約は労基法違反となるのです。就業規則の給与賃金・手当欄にも、不履行の違約金などについて記載をすれば労働基準法違反となります。先の誓約書は「事前に設定した目標を達成できなかったら、これまでの投資の一部を負担します」という契約と変わりありません。就業規則に書けない内容なので、いざというときに破棄して隠蔽が容易な誓約書にしたのでしょうか。労基法16条は労働者に対して将来に向けて予め賠償を予定してはいけないという条文ですが、「返金を求める」というのはまさに賠償そのものになるので、16条違反の典型例となります。16条に違反した場合、6か月以下の懲役または30万円以下の罰金という罰則があります。海外留学や資格取得で勤務継続を強要相談は支給された手当についてのものでしたが、似たような例は他にもあります。入社してすぐに拠点勤務を命じられる、あるいは転勤を命じられて赴任する際、引っ越し代金や敷金・礼金などを含めた住居費用の一部を会社が負担するのが一般的です。その際に、自己都合で早期に退職したり途中で投げ出して帰ってきたりした場合は、その費用を返却する旨の誓約書を求められるケースがあります。あるいは、海外留学や研修、資格取得費用を会社が負担するようなケース。研修や留学に出発する前や資格取得のためのスクール入学や受験前に、一定期間退職しないという誓約書を求めるケースです。研修・留学終了後、あるいは資格取得後一定の期間を経ずに退職した場合には、会社が負担した研修・留学・資格取得費用の返還を求めるような内容です。いずれも、縛る期間や変換を求める範囲などによって労基法16条違反と判断されることがあります。加えて、この返金を実行した場合には、民法709条の不法行為による賠償責任を民事裁判で訴えることも可能となります。また返金が実現していなくても、パワーハラスメント行為ということにより不法行為、あるいは労働施策総合推進法違反として、訴える可能性はありうると思います。昭和のドラマでは、(事前承認、あるいは社命で)出張して成果が得られなかったら、手当どころか出張に要した旅費・経費も自己負担しろ、なんていう場面もありましたが、あれはあくまでもドラマを盛り上げる演出ですので、真に受けないようにしましょう。