3連休明けの10月10日、朝から複数の金融機関で、他行あての送金や振り込みができず大混乱となりました。また同じ頃、ゆうちょ銀行ではゆうちょダイレクト・ゆうちょ通帳アプリ・ゆうちょPay等が利用できなくなっていました。10月10日は連休明けというだけでなく、決済や引き落としが集中する五十日です。まずは誰もがその銀行のシステム障害だと考えるATMや窓口、ネットバンキングなどで送金・振り込みができないとなると、まず自分が口座を開いている(利用しようとしている)金融機関に問い合わせをします。金融機関でも最初は障害の実態や原因がわからず、窓口は9時の開店直後から混乱したでしょう。これまでも、金融機関独自のシステム障害は度々発生しています。特にみずほ銀行(みずほフィナンシャルグループ)は度重なるシステム障害の発生により、2021年に金融庁より業務改善命令を受けています。このような記憶があるので、利用者も当初はその金融機関のシステム障害だと思ったはずです。テレ朝NEWSの街頭インタビューでは、「ここに預けていいのかなって。頻繁に障害が起きるようであればどうしようとなる」という声がありました。ところが、ゆうちょ銀行を除けば個別銀行のシステム障害ではありませんでした。システム障害が発生したのは、全国銀行データ通信システム(全銀システム)でデータをやりとりしている金融機関のうち、りそな銀行や三菱UFJ銀行、商工中金など11の金融機関。ゆうちょ銀行は、全銀システムとは無関係で偶然同じ日にシステム障害が発生したのでした。全銀は50年間一度もトラブルがなかった信頼度の高いシステム全銀システムは、全国の1,000を超える金融機関を繋ぐ金融インフラです。1973年の稼働開始以来、50年間一度もトラブルを起こしていないという信頼度の高いシステムです。今回、システム全体がダウンしたわけではなく、11の金融機関だけに障害が発生しています。それだけに、各金融機関もまさか全銀システムに障害が発生したとはにわかに考えられなかったかもしれません。しかも、障害は全銀システム全体ではなく一部の金融機関だけでしたので、障害が発生した金融機関もまずは自行のシステム障害を疑ったでしょう。システムトラブルを確認したら、まずその事実を利用者に知らせなければなりません。各金融機関は、それぞれの窓口やATMに「お振り込み取り扱い停止について」などのお知らせを掲示すると同時に、サイトに「お知らせ」や「ニュースリリース」を掲載し、マスコミの速報などでも取引に支障が出ていることを第一報として伝えました。各行は新しい情報が伝えられる都度、サイト上の情報を更新したため10日の混乱初期の情報が残っていませんが、唯一日本カストデイ銀行の「振込取引におけるシステム不具合のお知らせ」がサイト上に残っていて確認できます。このお知らせの本文は「現在(10 月 10 日 9 時 50 分時点)」の書き出しから始まっています。お知らせのpdfのプロパティを見ると、作成時刻は10:54となっていますので、サイトに掲載されたのはこの直後の11時前後だと思われます。9時50分の時点では全銀システムの障害によるものであることは判明していたようですが、利用者への説明責任・応対はサービスを提供している各行が担わざるを得ません。 全銀ネットの情報開示を時系列で追うと一方、全銀システムを運営する全国銀行資金決済ネットワーク(全銀ネット)の情報開示は、全てpdfをサイトにアップする形なので時系列で追いやすくなっています。第一報のリリースは「全国銀行データ通信システムの不具合について」です。こちらもpdfのプロパティを見ると、作成時刻は13:30であることが確認できます。リリースはこの後に配信されたはずですので、全銀ネットからの発信は少なくとも日本カストデイ銀行の2時間半遅れです。全銀ネットによると、10日午前8時半以降に受け付けた振り込みが処理されなかったということなので、障害が発生してから5時間後の第一報ということになります。遅すぎると言わざるを得ません。その後、全銀ネットは、不具合についてその2(プロパティによる作成時刻は10日18:03、以下同)その3(11日6:09)その4(11日11:43)と続き、11日18時から辻松雄理事長らがオンラインの会見を開きました。会見では、11日までに影響を受けた11の金融機関から他の金融機関宛ての振り込みが255万件、他の金融機関から11の金融機関への振り込みが251万件で、あわせて506万件にのぼると発表されました。また、振り込みを受け付けているものの決済できていない件数が11日夕方の時点で87万件あり、今後も通常より振り込みが遅れる可能性があるとしました。翌12日朝になってやっと「全国銀行データ通信システムの復旧見込みについて」(12日7:21)で「復旧に向けた対応が完了し、本日のコアタイムシステムの通信開始時刻(午前8時30 分)から、通常どおりご利用いただける見込」とするリリースを掲載しました。そして、「全国銀行データ通信システムの復旧について」(12日9:37)で「本日のコアタイムシステムの通信開始時刻(午前8時30分)から、他行宛の振込取引の稼動状況をモニタリングしておりますが、午前9時時点において問題なく稼動していることを確認しておりますので、ご報告申しあげます」と復旧の報告が発表されました。続く復旧についてその2(12日13:22)では、遅れていた銀行間の処理が完了したことが報告されています。10月18日16時からの記者会見では理事長が謝罪すると共に原因について言及するも、根本的な解決には至っていないと言い、現在も代替対応のままで正常に運用できていないといいます。会見はシステムに関する専門的な質疑などで2時間半に及びました。一方で、全銀は加盟金融機関と今回のトラブルの補償について申し合わせを行い、18日付で発表しました。トラブルの影響で「振込ができない」「着金が遅れた」など、一般利用者が被った追加費用などの直接的な損害に対し、各銀行が前面に立って補償を行います。全銀ネットでは「全銀システム障害に伴うお客さまへの補償にかかる申し合わせについて」を発表し、影響を受けた金融機関もそれぞれに「全銀システム障害に伴うお客さまへの補償対応について」などとする告知をサイトなどで行っています。三菱UFJ銀行とりそな銀行は、臨時のコールセンターを設置するなど自行の責任で対応する姿勢を示しています。インシデントの原因が自社にない場合のコミュニケーションの難しさ今回のシステム障害の一番の被害者は金融機関の利用者です。トラブルの原因は自行にないとは言え、利用者との対応をしなければならないのは障害が発生している金融機関です。 全銀ネットは一般生活者を顧客とするいわゆるB2C企業ではなく金融機関を顧客とするB2B企業(一般社団法人)なので、ニュースリリースや会見のコミュニケーション相手は一般生活者をあまり意識していません。10日から12日にかけてリリースされた不具合ならびに復旧の進捗を伝えるリリースも主に金融機関を意識してのものです。障害が発生している金融機関にとっては、コアタイムシステムの通信開始時刻8:30が第一のターゲットタイム。続いて窓口が開く9:00が2つ目に死守したいターゲットです。この2つの時刻に向けたカウントダウンをしながら復旧を待っていたことでしょう。利用者と直接対応する金融機関はできるだけ詳細な情報をリアルタイムに知り、問い合わせに答えなければなりません。全銀ネットは発表時刻を通常の営業時間やメディアの締め切り時刻などにとらわれず、時間外でも情報公開・リリース発信をしていたことが伺えます。タカタ、ベネッセ、マクドナルドの事例を振り返ると最終製品・サービス提供企業には直接の原因がなく、納入元・委託先企業が起こしたトラブルや事故・不祥事などが原因で重大な事故や問題に発展することは少なくありません。このような時の広報対応は非常に困難を極めます。過去の似たような事例では、タカタ製エアバッグの異常破裂問題がありました。アメリカでの事故でエアバッグによる死亡事故が発生したことに端を発し、まずホンダがリコールを届け出ます。このとき、タカタは事故原因を「例外的な不具合」として製品の欠陥を認めませんでした。その後の事故でもエアバッグの異常破裂による死亡事故が続き、全世界でタカタのエアバッグ納入先の自動車メーカー各社は、リコールを届け出ることになります。しかし、異常破裂の根本的な原因が特定されず、タカタは10年以上欠陥を認めなかった(隠蔽)ため、購入者への連絡・リコール対応も全て自動車メーカー各社が主体とならざるをえませんでした。全世界では累計8,100万以上がリコール対象となり、タカタは2017年、1兆円を超える負債を抱え経営破綻しました。このように、原因企業が非を認めない場合は原因の究明が遅れ、被害が拡大する恐れもあります。一方、マクドナルドのチキンナゲット期限切れ鶏肉使用事件やベネッセの個人情報流出事件では、会見をした当時のそれぞれの社長が「悪いのは委託先で自社は被害者」という立場を表明したために大きな批判を浴びました。原因企業が早期に非を認めて公表し、原因究明や対策を進めるのは当然です。最終製品・サービス提供企業は自社に原因がなくても、顧客や利用者に被害や不利益が発生することが明らかであれば、その対応と広報発信力が問われます。原因企業と密に連絡をとりながら、自社の責任としての情報発信が重要です。