会社を守るクライシス・コミュニケーション 田中 正博 著 2011年3月18日発行ISBN 978-4-86311-056-4 1,540円(税込) 産業編集センター会社や組織を危機から守るために必要な「クライシス・コミュニケーション」。危機が発生したときの心構えと具体的な実践方法を、数々の失敗例と成功例から学べる広報担当者必読の書です。(産業編集センター 公式サイトより)前回の書評では、あらゆる企業や組織の危機管理におけるコミュニケーションの重要性についての著書を紹介しました。一口に危機管理といってもリスク管理とクライシス管理があり、その位相が異なっていることについてもあわせて述べました。今回は、前回のリスク・コミュニケーションに続き、クライシス・コミュニケーションについての著書をご紹介いたします。リスク管理についてはメディアでは取り上げられることはありませんが、クライシス管理では、有名無名、企業や組織規模の大小にかかわらずニュースとして大きく報道され、否応なしに社会の注目に晒されることになります。しかも、そのクライシス・コミュニケーションの巧拙が、その後の企業や組織への信頼や評判だけではなく、業績へ大きな影響を及ぼします。クライシスをうまく乗り越えられるか否かは、以降の企業の業績あるいは存亡すらも左右することになります。ですから、リスク管理よりもクライシス管理への重要度が大きくなっているといっても過言ではありません。著者と本書の目的について本書の著者は、電通PR(現電通PRコンサルティング)で役員や顧問などを歴任し、約40年間にわたってさまざまな企業や団体のPR企画立案や実施に携わってきました。近年ではとくに危機管理のコンサルティングが増加し、それを手がける事務所を設立して代表を務めています。本書を著した理由について、下記のように述べています。現実の企業の危機管理では、「危機管理を未然防止するリスクマネジメント」から、「企業危機が発生してしまった”場合の対応=クライシス・マネジメント」に関心が移っています。その「クライシス・マネジメント」の部分で、もっとも重要なのがこの本で述べる「クライシス・コミュニケーション」です。(中略)クライシス・コミュニケーションは、そうした企業の損失の中でも、とくにマスコミ報道によってもたらされる社会的批判や疑惑をいかに少なくし、企業イメージの損失を最小限とどめるかーー、という点に重点を置いた危機管理の一つの対応策なのです。不祥事、事件、事故は避けることができないリスク管理は、事前に想定されうる危機的な要素を洗い出し未然に防ぐ対策なので、どのような企業でもコーポレートガバナンス、コンプライアンス、CSRなどを含めて、日ごろからさまざまなリスクに備えて研修や講習、トレーニング、マニュアル作成などリスク管理体制を整えておくことは、今日では必要かつ不可欠となっています。しかし、それでも社内、関係先(顧客、グループ企業、下請けなど)、社外では第三者によってもたらされる災いまたは事件や事故、さらには自然による災害、新型コロナのような感染症、さまざまな不測の事態が発生してしまうことは企業活動において避けがたいことです。そうしたとき、企業のクライシス管理能力が試されます。実際にそうしたクライシスが発生したとき、社会への対応や対処として緊急記者会見が行われます。クライシス・コミュニケーションは、そうした場合に企業の損失・損害を可能な限りの最善策で乗り切り、批判やダメージを最小限に食い止めるためのコミュニケーション施策です。企業における5つの責任クライシス発生時におけるコミュニケーションとして、著者はまず下記の5つの企業責任をあげています。その5つの企業責任とは、株主や取引先、参加のグループ企業、下請けなど関連企業まですべてが含まれます。(1)法的責任もっとも重い責任で、刑事告訴や民事訴訟につながります。(2)経営責任法的には問題がなくとも、経営陣の意思決定に対する責任で、株主総会などで追求されます。(3)管理責任社内の管理体制の不備などの問題ですが、同時に社内の問題に気がつかず放置していた経営者の判断も問われます。(4)社会的責任社会や消費者に与えた損失または損害など。クライシスでは厳しく問われ、もっとも重視されています。法的あるいは手続き上も問題はないと企業論理を振りかざすことは、むしろ社会組織の一員としての責務を追求されます。(5)道義的・倫理責任人の道に外れた行為のこと。買い占めや売り惜しみ、意図的な生産調整や在庫調整によって値上がりなどを画策するような行い。事業戦略上は適切な行為だったとしても、商道徳上で不適切なビジネス行為をすることです。緊急記者会見は、社会に対して不安、疑惑、誤解、迷惑、損失、損害などを与えたときに開催されます。上記の5つの責任の包括性を認識せずに、どれかに限定した(例えば、法的責任など)だけ会見を行うことは、そうした企業姿勢がメディアを含む社会から厳しく追及あるいは指弾される結果を招くことになる、と著者は指摘しています。広報の力量が問われるクライシス管理冒頭にリスク管理とクライシス管理の違いについて述べ、リスク管理はマスメディアに取り上げられることがないと述べました。それは、リスク管理はおもに社内業務だからです。あらゆるリスク(警戒すべき要素や項目など)を洗い出して整理し、それらへの対応策をマニュアルなどで管理します。一方のクライシス管理は、実際になにか事態が発生してしまったときの対応なので、社会のさまざまな外部との関わりが不可欠であり、必ずしも企業の思惑どおりに事態が進行するとはかぎりません。企業側が小さな点に過ぎないと考えていたクライシスが面へと拡大し、長期化、深刻化する事態にもなりえます。しかも、一旦クライシスが発生時となれば、企業トップがその矢面に立たされます。またマスメディアなど社会とのコミュニケーションが必須であることから、広報部門の対応力がきわめて重要になります。つまり常日ごろから社会とのコミュニケーション活動を十分に行っていても、もっとも広報部門の力量が試されるのがこうしたクライシス管理なのだと述べています。クライシス管理における3つの心構えクライシス管理では、それが発生した原因は何でありどこにあるのかに関係なく、否応なしに対応せざるを得ません。たとえそれがやむを得ない不可抗力で起きてしまったことで批判や非難されるのではなく、むしろそれにどのように対応・対処したか、その適否いかんによって判断されます。著者は、クライシス管理における心構えとして、下記の3つをあげています。(1)迅速さ不測の事態では、状況把握、原因究明、対応策の検討と着手、再発防止策などいくつもの急務な課題が求められます。しかし、短時間で事態をすべて把握することは困難です。したがって、現時点わかっていることをまず説明することです。時間の経過とともに様々な情報が集まり、それらを確認するなど全てが揃ってからという気持ちがあってもそれでは遅いのです。遅くて詳細な情報よりも、わかっている情報を第一報として迅速に伝えることが重要です。(2)情報開示時間をかけて十分に吟味した説明資料を公表したとしても、自社に不都合なこと不利と判断したことは避けたいまたは隠しておきたいという誘惑はあります。しかし、そうしたことはどこかの時点で必ず「ほころび」が出てしまいます。誠意をもって包み隠さず情報を提供することが大切です。(3)社会的視点いくら迅速だったり詳細であっても、企業や組織の論理的視点や考え方から判断したり説明してはなりません。そうした説明では、社会からさらに疑念を深める結果を招いたり反感を持たれたりする可能性があります。企業トップが生の声で語ることで、納得や理解を獲得することができます。それができなければ、クライシス・コミュニケーションとしては失敗です。「クライシス発生」ーー本書の中核章本書のなかで、全体の約40%強を占める中核となるページがこの第4章です。この章では、クライシス・コミュニケーション対応について具体的かつ詳細に述べています。クライシスは、ほとんどが突発的に起きます。初期段階では、断片的な情報が入り乱れています。この段階では、発生と同時にただちに対策本部を設置し、集まる情報はすべてこの対策本部に集約します。このときの基本方針は、「最悪の事態を想定しておくこと」だと著者は述べています。各種の問合せ、集まってくるさまざまな情報を整理分類し、時系列に大きなボードなどに書き込み、一目瞭然に把握できるようにしておくことが大切です。本部の設置場所は広い部屋を用意し、テレビや新聞などメディアを常にモニターできる環境を用意しておくことも重要です。広報担当者の役割は、殺到するマスメディアからの取材の交通整理を的確にすることです。それというのも、クライシス情報はマスメディアからもたらされることが少なくないからなのです。著者は、そうした経験から「2時間以内の緊急記者会見の開催」をすすめています。何時間かたって、マスメディアなどから要求されたり責め立てられる状況は回避すべきだと。企業としての初動対応の素早さ示すためにも重要です。この最初の緊急記者会見では、その時点でわかっていることはという前置き忘れずに丁寧に説明します。この緊急記者会見で重要な役割を果たすのが、企業のスポークスパーソンです。会社を代表し、社会への顔としての役割を担う人となります。それに相応しい人は、会見時にさまざまなメディアの質問に晒されても、冷静で丁寧に向き合うことができる人でなければなりません。また、その人は自分の肉声として伝えられる人であることが求められます。用意された原稿をうつむいたまま棒読みしかできない人は不適格です。またそうしたスポークスパーソンには、事前に想定Q&Aの念入りな準備、メディアトレーニングが不可欠です。とくに会見時には、受け答え時の言葉づかいや表現の適切さや的確さだけではなく、見過ごされがちながら滑舌の良し悪しが重要な要素になると、私の経験からもいえることです。クライシス・コミュニケーションにおいては、マスメディアに適切に対応することはもとより、むしろ上手に活用(マネジメント)できるようになればそれが理想的です。本書では、緊急会見時の司会者の心得、会場の配置、会見入場時の順番、会見時には「ありがとうございます」という言葉は使用しないこと、記者から質問があったとき、「社名と記者名」を求めてはいけないことなど、その段取りとルール、注意点などがとても具体的で詳細に説明されています。ほかにもウェブ上の流言飛語、風聞・風評などへの対策、最後には実際の6つの国内企業クライシス・コミュニケーション具体例を提示し、それらから教訓も引き出しています。本書は、新書並みの薄さでありながら、クライシス管理におけるコミュニケーションの重要性に焦点を絞った内容で、クライシス管理においてマスメディアを含む社会とコミュニケーションのあり方や心構え、要点などが数々の事例とともにわかりやすく簡潔に述べられています。本書は、そうした視点の入門書として最適な著書だろうと思います。会社を守るクライシス・コミュニケーション田中 正博 著 2011年3月18日発行ISBN 978-4-86311-056-4 1,540円(税込) 産業編集センター本の目次第1章 企業の責任とは第2章 リスク管理とクライシス管理第3章 クライシス対応の心構えコラム1 マスコミ対応は副署長を押さえる第4章 クライシス発生コラム2 風評への対応第5章 ウェブと危機管理第6章 事例から学ぶ