2023年11月、都内のイベントで販売されたマフィンが波紋を呼びました。マフィンを食べたことにより健康被害が見られたほか、販売者側の対応にも問題があるとして、食品衛生から危機管理広報に至る様々なシーンで物議を醸しています。今回はこのマフィン食品リコールについてみながら、飲食業における危機管理広報の必要性とそのあり方について考えていきます。マフィンの販売と食品リコールの経緯まずはこの件に関する経緯を振り返ってみましょう。11月中旬、目黒区の洋菓子店「ハニーハニーキス」が都内で開催されたイベントでマフィンを9種類、合わせて3,008個を販売しました。その後、購入者から「マフィンが糸を引いている」、「食べたらお腹を壊した」といった品質や健康被害に関する声が相次ぎ、厚生労働省は、同月14日付でイベントで販売された9種類すべてのマフィンにつき食品衛生法違反のおそれがあるとして、『喫食により重篤な健康被害又は死亡の原因となり得る可能性が高い食品』である「CLASS Ⅰ」に指定した上で食品リコール情報を公開し、回収に着手しました。また、目黒区保健所も14日時点で調査中ではあるものの、因果関係等を調べて販売者に衛生指導を行うことを明らかにしたほか、販売者に対して商品の自主回収を要請しています。販売者はリコール情報の公開を受けてSNSで謝罪文を投稿し、マフィンから異臭がするとの報告を受けたことについてや、そのような異状がみられた場合には食べずにすぐに販売者のLINEへ連絡することを購入者に対して依頼したほか、その翌日にも改めてXとInstagramにて謝罪と店舗の営業停止を検討している旨を投稿しました。また、イベントで販売したマフィンの製造環境や保存状況についても説明し、保健所の指導を受けて約3,000個のマフィンを自主回収することも発表しました。SNSではマフィンの製造や保存について「これでは異変があると気づかないわけがない」、「保存方法がずさんである」など販売店の製造方法や保存方法に批判が高まり、食品衛生に関して広く物議を醸す話題となりました。販売者は11月16日にXでマフィンの回収と返金手続について投稿し、自主回収を開始しましたが、SNSではその回収方法も話題となりました。その方法は、購入者がレターパックでマフィンを店舗に返送し、販売者に購入したマフィンや明細の写真をSNSのダイレクトメッセージ機能で送付、連絡は土日祝日を除く午前10時から午後5時までのみ対応し、返金はPayPayのみといったものでした。SNSでは、腐敗したマフィンはレターパックで送れないものに該当するのではないかという指摘や、自主回収なのに購入者側が発払で送料を負担しなければならないのかといった声が上がりました。販売者はその後送料も合わせて返金するとしましたが、一連の対応は炎上し、販売者はこの投稿を削除しました。この後も回収方法は二転三転し、最終的にはゆうパックでの回収に落ち着きましたが、ここで新たな問題が起きます。販売者が自主回収の連絡窓口として使用していたXとInstagramのアカウントが11月20日までに予告なく削除され、メールや電話も音信不通状態となったことで、回収・返金手続の手段が絶たれてしまいました。また、Googleマップ上での営業情報が閉業となっていたり、実店舗の前を通りかかった人から「不在票が山積みになっていた」といった情報があったりと、SNSでは販売者は逃亡したのではないかという憶測が飛び交いました。公開された食品リコール情報によれば、マフィンの回収は消費期限の終了のため11月20日をもって終了し、破棄を含む851個、全体の28%が回収されたことが明らかになっています。店舗側の対応と危機管理広報今回話題となったマフィンの腐敗とそれに伴う食品リコールについては、販売者側の危機管理意識・食品衛生意識、並びに危機管理広報の失敗が顕著でした。まず、マフィンそのものについて、販売者は店舗のホームページで、『防腐剤不使用、無添加』、『通常の焼き菓子店で販売されているお菓子のお砂糖の量で作っております』と無添加志向や砂糖の使用量が少ないことを打ち出しています。バターや防腐剤を使わず、また酸化防止として作用する砂糖も少ないということは、商品が硬くなったり傷みやすくなったりすることは容易に想像できます。それにもかかわらず、販売者はわずか2日間のイベントで約3,000個ものマフィンを販売しており、イベントの前日や当日にそれだけの個数を準備することができたとは考えられず、数日前からの作り置きがあった可能性もあるのではないでしょうか。このような製造状況下で、果たして適切な衛生管理が行われていたのかという疑問も生じます。続いて、危機管理広報について見てみましょう。まず、問題となった洋菓子店には、レピュテーションを偽装する、明言を避けるという広報の特徴が窺えます。洋菓子店のGoogleレビューを見てみると、2020年から2023年10月までに11件の投稿が寄せられ、その中には味の悪さや品質の低さについての書き込みが多く見られていました。しかし、店舗のホームページのクチコミ掲載欄を見ると好意的なレビューのみが転載されており、低評価のレビューは表示されていません。また、販売者はそれぞれのレビューに返信していますが、「温め直しが上手くいかなかった」、「ボソボソとして食べられない」というコメントについては「ふわふわになるまで温め直してください」の一点張り。「お金を出して食べるものではない」「同人販売会などの長時間商品を置く売り方はふさわしくない」というコメントも散見されましたが、クオリティの向上は見られなかったようで、その後も低評価のレビューが続いています。販売者は、品質については常に言い訳がましい逃げの姿勢で、「ご不快な思いをさせて申し訳ない」という謝罪も付けてはいますが、その後も品質を指摘するコメントが相次いでいる状況を鑑みると、謝罪も形ばかりのものと受け取る人もいるでしょう。さらに、洋菓子店は保健所からの指導を受けたことをきっかけに本格的に回収に乗り出しましたが、商品の返送方法や返金方法を何度も変更したり、投稿を削除したりと、その対応に迷走している様子がみられました。この対応は、裏を返せば、日常的に商品を調理・販売する中で食品リコールの可能性を想定していなかったと捉えることができます。食品は食べた人の体内に入るものであり、異物混入や腐敗を起こさぬよう、適切な原材料の選定や厳格な衛生管理が求められるものです。さらに、万が一喫食によって身体被害が出たりした場合のことも見越しておかなければなりません。特に、食中毒や異物・毒物の混入が認められた場合は消費者の健康や人命に深刻な影響を及ぼす可能性もあり、予め食品リコールのスキームを設定したり、それに沿って迅速かつ円滑に対応できる準備をすることが必要となります。回収作業に関しては、受付時間の制限や返送・返金方法の不適切な指定も注目されました。本来であれば、食品リコールは消費者の健康に関わるため、消費者がいつでも窓口にアクセスできるよう24時間の受付体制を敷くことが理想的です。特にCLASS Ⅰの場合は人命に重大な危険を及ぼす可能性があるため、時間帯に限りがあるとしても、少なくとも土日祝日も対応するなどの誠意を見せなければならなかったでしょう。返送・返金方法に関しても、販売者の都合で対応方法が制限されたり、最終的に回収窓口として使用したSNSアカウントを削除したり、電話やメールが不通となったりしています。一連の対応を見ていると、販売者が本当に食品リコールが発生した事実を重大に受け止め真摯に、誠意をもって対応しようという意思があったのかというところには疑問が残ります。万が一の事態に備えて危機管理広報をプロに任せる返品受付が終了したとともにSNSのアカウントを削除し店舗も閉店、音信不通となった販売者ですが、対応が曖昧であったり不明瞭な発言が多かったりしたことを鑑みると、販売者自身にとっても今回の食品リコールが想定外の出来事であったのだと窺えます。また、短期間で約3,000個ものマフィンを調理・販売し心身の疲労が蓄積された状態に陥った矢先に食品リコールが発生し、自らが作り販売した商品がSNSで炎上、場当たり的な対応を発表するたびに批判が集まるという状況でした。このような状況の中で回収や返金作業に至る対応を行うことは容易ではありません。返品・返金対応からSNS対応までを実施する中で、責任者としては、精神的に疲弊して正確な判断ができなくなったり、炎上から逃げ出したいと考えてしまったりするかもしれません。しかし、消費者にとっては、返品・返金対応が行われることや誠意ある謝罪がなされることが一番の目的であり、それが果たされなければ商品や販売者に対する評判はさらに低下します。飲食店の経営や食品の販売を行う以上、消費者の健康を預かるという意識でもしもの食中毒や食品リコールが発生するリスクを踏まえた対応を事前に構築しておかなければなりません。しかし、今回取り上げたマフィンの食品リコールのように、そもそも自らの商品や販売方法にどのようなリスクが潜んでいるかを想定しておらず、リスクが発現した際に迅速かつ的確に対応することができるとは限りません。飲食業の領域で事業を展開する場合は、提供する食品そのものの知識や技術を得ることだけでも大きな労力が求められます。利潤や効率を求めすぎるあまり衛生管理が疎かになったり、危機管理広報に注力することが難しくなったりする可能性があります。危機管理広報に関しては、普段から求められるものであるというよりはリスク発現時に求められるものであることから重要視されにくい項目ではありますが、いざという時に必須の活動となります。リスク発現時にその後の経営を左右するものであるからこそ、危機管理広報を専門家やプロに任せることもリスクマネジメントの選択肢の一つです。迅速かつ的確で誠実な危機管理広報は、時にレピュテーションの毀損防止や回復の要素となりえます。万が一の場合に適切な対応をとり立ち直るためにも、危機管理広報を知り、自らの立場に置き換えて考えたり、リスクアセスメントを行ったりすることが求められます。その過程の中で、必要に応じてプロによる危機管理広報を活用することも有効です。