弁護士のためのPR(広報)実務入門 PR実務研究会編:民事法研究会 2023年3月14日発行ISBN 9784865565256 2,420円(税込) 民事法研究会インターネット時代のPR(パブリックリレーションズ=広報)実務を基本からわかりやすく解説!(民事法研究会 公式サイトより)これまで危機管理に関する著書を2冊ご紹介しました。リスクとクライシスのそれぞれのなかで、危機管理業務においてコミュニケーションがいかに重要なのか述べています。2023年、ビッグモーターと損保ジャパン、ジャニーズ事務所、日本大学(アメリカンフットボール部)、宝塚歌劇団、ダイハツ工業など、連日メディアで緊急記者会見を多くの人たちが目にしました。その他にも、保育園、学校、警察、公務員などによる盗撮、セクハラ、介護施設や障害者施設での暴行など、さまざまな不祥事や事件に関するニュースが連日のようにメディアを賑わせ、そのたびに謝罪会見でお詫びする様子がテレビで幾度となくニュースで流されました。事前にさまざまな警戒すべきリスク(危険因子)を検討し、ディスククロージャー(情報開示)、コンプライアンス(法令遵守)、アカウンタビリティ(説明責任)、コーポレートガバナンス(企業統治)、CSR(企業の社会的責任)などが厳しく求められているにも関わらず、企業や団体などによるインシデント(不祥事など)によって事件や事故(アクシデント)によるクライシス(危機)が、繰り替えしメディアで取り上げられ大きく報道されています。今日では、こうした緊急記者会見の巧拙がその後の企業への信頼、ブランド力への影響、コミュニケーション戦略とその計画など、その後の企業業績をも大きく左右します。ここ数年、こうした企業の不祥事の件数が増えている印象を受けますが、それより内部通報制度、インターネットの普及とくにソーシャルメディアの日常化により、現在ではかつてのように不祥事の隠蔽やもみ消し工作が難しくなり、ほころびて嘘や不都合な事実はどこかで必ず発覚することが増えている、というのが現在の状況なのではないかと感じています。執筆動機と経緯ここ数年、企業クライシスでの緊急記者会見が多くなり、その時にはPR部門が重要な責務を担います。こうした状況のなか、弁護士が会見に同席する必要性が高まっています。このようにメディア対応に迫られている状況において、弁護士たちの有志によるパブリックリレーションズ(以下、PR)実務についての研究会を立ち上げ、一年間にわたって弁護士にとって必須となったPRについての研究を進め、その成果として9名による共同執筆でまとめ上げたのが本書で、弁護士の弁護士による弁護士のためのPR入門書です。著者たちは、本書を著した理由について以下のように述べています。弁護士が緊急記者会見等に同席することも珍しくなくなりました。このような状況の中、パブリックリレーションズは(PR)は弁護士の必須科目になりつつあるように思います。(中略)本書は、PRに関して、弁護士の実務で役立つような知識を豊富に入れつつ、できるだけ体系的・横断的理解に至るように工夫したつもりです。また、弁護士的な思考による現実的なメディア対応については、弁護士のみならず、企業・事業者にとっても参考になると思っております。PRコンサルティング企業に在籍していたとき、いくつかの企業の危機管理(クライシス)案件に携わりました。最初から、法務的な問題を含めてPR依頼されるケースがほとんどでしたが、通常はどの企業も顧問弁護士を抱えています。あるクライアントは契約問題がこじれ、その相手側が知っているジャーナリストに話したことで、相手側の一方的な主張がウェブメディアに掲載されました。クライアント、同社の顧問弁護士を交えて三者で対策会議を行いました。そのとき、PRとメディア対応についての理解が乏しい弁護士だと、今後の対応策は難しいなと感じました。クライアントも同様に思ったようで、PRコンサルティング会社が提携しているPRとコミュニケーションに詳しい弁護士事務所に切り替えることになりました。このことから、とくに企業や団体の顧問弁護士であれば、PRとメディア対応に関する知識やスキルが不可欠であるということを実感した事案です。PRと危機管理第1章は、PRのイントロダクションです。PRは、現在でも広報という名称、とくに歴史のある大企業では部門名として多く見かけられます。かつてのPRは、投資家や株主向けあるいは取引先や下請けなどに向けた広報誌の発行、また新製品などのメディアへのプレスリリースの発表などが主な仕事でした。企業によっては、総務部門内に広報部が属していることもありました。今日のPRでは、それまでの業務に加えてインターネットの様々なソーシャルメディアを活用し、それによる情報発信や恒常的なコミュニケーションが常態化していますので、PRの重要性もますます高まり、戦略的かつ計画的しかも継続的なPR活動をしていくこが求められています。PRに関する著書は、さまざまに数多く発売されてはいます。しかし、「自己PR」という言葉がいまだにまかり通っているほど、正しく理解されているとはいえません。正しくは「自己アピール」と言うべきです。また、ウェブなどで「PR企画」というコンテンツを見かけますが、それらも掲載には料金を払っているので広告の一種「記事広告」です。PRはプロモーションの一部とか費用をかけない広告、とにかくメディア露出するためのパブリシティというように誤解されています。本書の著者の一人も、最初はPRとアピールの違いも理解していなかったと語っていますが、マーケティングコミュニケーションの専門家ではないのでそれは仕方がないことです。PR活動は、もちろんメディアに取り上げられることで広く伝わるので重要ですが、メディアに掲載されるか否かにかかわらず、PRは継続的かつ計画的に情報発信していく姿勢こそがなにより重要だということを、経営トップをはじめとして全社員で共通認識しておくことです。また、欧米では企業などのレピュテーション(評判)は、無形資産としてマネジメントすべき戦略として認識されています。PRはPublic Relationsの略で、常に複数形です。それは関係構築すべき対象が複数あるからです。本書では、PRで関係構築すべき対象を下記のように分類しています。メディアリレーションズ(新聞、雑誌、テレビ、ラジオ、ウェブメディア、各種ソーシャルメディアなど)エンプロイーリレーションズ(従業員、組合など)コミュニティリレーションズ(地域住民など)カスタマーリレーションズ(顧客、消費者など)インベスターリレーションズ(株主、投資家など)ガバメントリレーションズ(政府、政治家、監督官庁、その他の行政など)上記のほかにも、NPO、NGOなどの各種ボランティア組織や団体などが、国や地域、業種や活動内容によって多種多様に存在しています。また本書では、BCP(事業継続計画)、SVC(共通価値の創造)、SDGs(持続可能な開発目標)などについても、PRにおける重要な要素として言及されています。上記に述べたように、PRは広告やプロモーションに比べ、コミュニケーション戦略において複雑で多岐にわたるテーマ、広範な業務範囲を対象として扱いますので、その専門的なスキル(知識と経験)が求められているのです。日本では、PRを広告代理店に任せている慣習が長年続いていました。欧米では、マーケティングの専門家たちの間でも、PRはその専門企業に依頼すべきだという認識を持っています。危機管理における広報の役割第2章から第4章までは、危機管理におけるPRの役割について述べています。第2章では、平時から危機に備えた組織の体制づくり、危機管理委員会のあり方、リスクの検討と評価、マニュアル作成とシミュレーショントレーニングの実施、再発防止策、最近増えている第三者委員会の設置と人選などについて述べています。こうした業務が、いわゆるリスクマネジメントになります。第3章と第4章は緊急記者会見とそのPRについてです。第3章は、実際に危機(クライシス)に巻き込まれ、緊急記者会見を開催する場合です。こうした緊急時のPR活動でもっとも重要なことは、発生事案時にはできるだけ迅速に対応することです。事実関係を把握してからあるいは原因が究明でき、再発防止策もきちんと整ってから公表するのでは遅すぎるということです。危機発生時点でわかっていることついて、とにかく第一報を発表することだと著者たちも述べています。また、いくつものメディアから殺到する取材への個別対応、流布される誹謗・中傷または誤解などをできるだけ回避するためにも、速やかに記者会見を実施する必要があります。この章では、緊急会見開催の準備に必要とされる各項目(会場と日時、出席者の選定、タイムテーブル、想定問答集の用意、配布資料集の作成など)から、当日の服装、会見時の態度、話し方にいたるまで述べられています。最後には、チェックリストが掲載されているので大いに参考となるでしょう。第4章は、ネット炎上についてです。ソーシャルメディアは、今日ではPRの大事なツールとしてどこの企業でも活用しています。ネット炎上は、ブログ、SNS などを始めとしたソーシャルメディアが日常的なツールとなったことで、そうしたメディアによるさまざまな情報が瞬く間に拡散します。したがって、どの企業でもリスクマネジメントの観点からソーシャルメディアのガイドライン策定をしていますが、それでも炎上に巻き込まれるケースはあります。ネット炎上では、企業が自社ブランドの認知度や好感度を上げようとして流した広告が一部の人たちに不興を買い、それへの批判や中傷がネット上で拡散し、テレビや新聞のメディアにも取り上げられ、否応なしに謝罪発表や緊急会見を強いられることもあります。また、社員がソーシャルメディア上に投稿したなにげない内容が、なんらかの差別的な発言、主義主張や信条に関わるテーマで意図せざる批判に晒されることもあります。さらに、アルバイトやパートなどが軽い気持ちで動画SNSに投稿した内容、消費者によるふざけた映像などが企業の信用を大きく損ね、その対応に追われる事例が頻発しています。ネット炎上の中には、単なる噂や風聞から誹謗や中傷、そしてフェイクニュースまで含まれますが、その情報が真実か否かに関わらず、ソーシャルメディア上ではそれが大多数の意見のように流布されてしまいます。しかも一度ネット上にアップされたそうしたさまざまな情報は、その妥当性や真贋のいかんにかかわらず削除要請をしない限り永遠に残り続けます。それがたとえ1%未満の人の意見だとしても、ソーシャルメディア上で賛同者や共感する人たちが増えることで、あたかも多数者の意見のような印象を与えることもあります。自社の投稿内容に非がある場合、迅速に謝罪することが求められます。その投稿を即座に削除してなんとか穏便に済ませようとすると、そうした行為自体が企業の隠蔽工作だと受け取られて火に油を注ぐ事態を招き、さらに状況を悪化させることにもつながります。ネット情報が明らかに嘘や根拠のない批判である場合、名誉毀損や威力業務妨害に該当するので、法的な手続きに基づいた情報の削除請求、投稿者の情報開示請求を行い、場合によっては投稿者に対して賠償請求するなど法的対処を行います。批判されている情報が真実か否かの判断が付きかねる場合、その情報を精査し、随時経過や推移を慎重に見極めながら、適宜事実関係について公表していくことが望ましいでしょう。ネット炎上は、テレビや新聞などのメディアでも報道されるようになると、事態は大きな話題となり、それがさらにネット上でも拡散されてしまいます。できれば、そうした事態に至る前に収拾できることが望まれます。また本書で特に述べられていませんが、ネット炎上には2段階あります。第1の階は、問題がSNSなど広がることです。第2段階は、新聞やテレビで報道され、緊急記者会見時の企業の対応姿勢や見解に批判が集中してネット上でも拡散し、第1段階からさらに炎上を拡大させて深刻な状態を招いてしまうことです。第1段階を防ぐのは非常に難しいのですが、それでも第2段階での企業の対応姿勢で沈静化させることは可能です。弁護士のためのPR入門書本書の約半分が緊急会見時とそのPRについて、残りは平時も含めたPRとマーケティングコミュニケーション関連を網羅しています(下記の目次参照)。これからPRにつての知識を一通り得ておきたいという弁護士の方々、あるいはPRに携わる法律事務所に所属している弁護士の方々が最初に手にするには最適な入門書です。本書は、弁護士のみならず企業の法務部、「企業危機管理士・コンプライアンス認定試験」有資格者を目指している人たち、あるいはすでに資格取得者で、PRについて学びたいという人たちにも有益な1冊です。弁護士のためのPR(広報)実務入門 PR実務研究会編:民事法研究会 2023年3月14日発行ISBN 9784865565256 2,420円(税込) 民事法研究会本の目次第1章 PR概論第2章 危機管理広報第3章 緊急時の広報(1)──緊急記者会見第4章 緊急時の広報(2)──ネット炎上の対応第5章 平常時のPR活動第6章 プレスリリース第7章 メディアトレーニング第8章 メディアの種類と傾向第9章 リスクマネジメント第10章 マーケティング・ブランド戦略とコミュニケーション