弱い者いじめの現場映像テレビのニュースを見ていて、久しぶりに憤りを抑えられませんでした。それは、5月1日に開催された環境省と水俣病被害者団体との懇談会の様子を伝えたものです。この時の環境省職員の対応にも驚きましたが、その対応を「是」とした伊藤大臣にも、更には今の政権や霞ヶ関にも失望してしまいました。まさに弱い者いじめです。今の現役世代は水俣病をリアルタイムで知る人はほとんどいないでしょうが、戦場写真家ユージン・スミスによる写真はLIFE誌に掲載され、世界でも注目された公害病です。2022年にはジョニーデップ主演の「MINAMATA」として映画化されています。水俣病の事を知らない人はAmazon Prime Videoでも視聴することができますので一度ご覧になってください。この懇談会の背景が、少し見えてくるでしょう。この時の懇談会の一部始終は、日テレNEWSのYouTubeチャンネルなどでも見ることができます。わずか45分ほどの懇談会です。団体側の持ち時間は3分とされ、時間を超えると司会役の環境省職員が内容をまとめるよう促したり、マイクの音声を切ったりし、懇談会の最後には団体側から批判を浴びています。発言途中でマイクの音を切ったことについて、被害者団体が意図的に切ったのかどうかを問い詰めると「事務局の不手際でございました」と応えるのみ。席を立って退席しようとする伊藤環境相にも「(マイクを)切ったことについてどういう風に思われますか?」と声が向けられ、「私はマイクを切ったこと、ちょっと認識しておりません」と応えます。その大臣に「伊藤さん、今ので信用失いますよ!」との声が飛びました。この懇談会はゴールデンウィークの真ん中に開催されたこともあり、話題になったのは連休が明けてから。この懇談会の様子を伝えるニュースは世間からも批判の声が上がり、伊藤大臣は急遽8日に謝罪に赴きましたが、大臣は男を下げたと言って良いでしょう。前例主義、シナリオ通りに進める事を優先この懇談会が批判に晒されると、様々な不都合な真実が明るみに出てきました。まず、当日の進行マニュアルである「水俣病関係団体との懇談シナリオ」が公開されました。残念ながらネットで原本を見ることはできませんでしたが、新聞各紙やニュースサイトにはその一部が抜粋されたり写真が掲載されたりしています。そこには〈3分でマイクオフ〉と記載があったと各社報じています。このシナリオには分刻みで進行スケジュールが記載してあり、発言者の名前も記入されていますので、恐らく伊藤大臣にも共有されていたはずです。大臣にきちんと話を聞こうという姿勢があれば、3分で話を切ろうとする司会者を制止して続けさせたでしょう。しかし、このシナリオを事前に確認していたために、マイクを切ったことを「認識していません」と言わざるを得なかったのでしょうか。この懇談会で環境省の職員がマイクの音を切った問題を受けて5月14日、伊藤環境大臣は省内で横断的に水俣病の対策を行うためのタスクフォースを設置したと発表しました。その際、懇談会で発言の持ち時間を1団体につき3分とする運用は2017年から行われていたと明らかにしました。行政機関や企業でも、このような懇談会やヒアリングの場を設ける事はよくあります。発表やプレゼンに時間制限を設けることはあっても、意見を求める際に時間制限を設けるのは無理があります。もちろん、短めにまとめるような要望はできるでしょうが、発言を制限したり遮ったりが原因で紛糾することもあります。この失敗はリスクコミュニケーションの場でも企業でも、様々な場面で開催するリスクコミュニケーションの場でも注意が必要です。リスクコミュニケーションとは、リスクに関する情報を共有し、関係者の間で相互に理解し合うプロセスを指します。これは、政府機関、企業、専門家、メディア、一般市民など多様なステークホルダーの間で行われ、リスクを適切に理解し管理するための重要な手段です。身近な例では、再開発や大規模建設などに伴う説明会やマンションの大規模修繕説明会、学校の統廃合や移転に伴う説明会など、様々なものが開催されています。企業で人事制度(評価方法や懲戒規定など)の変更を行う場合の説明会や、合併やM&Aに伴う従業員向け説明会なども近年は増えています。リスクコミュニケーションの主要な目的は理解促進-リスクの特性やその影響を正確に理解させること。信頼構築-ステークホルダー間の信頼関係を築くこと。行動誘導-適切な予防策や対応策を促進すること。透明性確保-情報の透明性を確保し、情報の非対称性を減少させること。などです。リスクコミュニケーションの場を設定する際には、様々な準備が必要です。まず、リスクの性質(原因、影響、確率など)に関する具体的な情報を提供しなければなりませんが、科学的データや専門用語も多く、一般の人が理解できるように平易な説明が求められます。一方的な情報提供ではなく、質問や懸念に対する応答を含む対話を重視し、ワークショップや公聴会などの形式を通じて、ステークホルダーからのフィードバックを積極的に取り入れる姿勢も重要です。特定の地域や集団が対象となるので、コミュニティの文化や歴史、価値観を理解しておく必要もあります。信頼関係を築くことが第一歩リスクコミュニケーションでは、信頼関係を築くことが重要になります。最初に信頼関係を築けないままだと相互に不信感が生まれ、恐怖や怒りなどの感情的な反応に繋がることになります。いったん紛糾してしまうとなかなか収拾が付かなくなり、更なる混乱にも繋がりかねません。最悪のケースでは、建設差止訴訟など泥沼の係争が続き、プロジェクトの完了時期にも影響を与えます。沖縄の普天間基地移設問題や西九州新幹線・リニアモーターカー建設ルートが決まらないなどは典型的な例です。不信感が募った水俣病懇談会は、信頼関係を築くことはできるのでしょうか?