6月は鹿児島県警本部長、7月は兵庫県知事と「お上の行状」に関する内部告発が明らかになり、どちらもそれを公益通報とは認めず告発者を処分するという事案が続きました。行政組織や執行者の権力の前には公益通報者保護法は機能しないのかと、メディアも世間もその成り行きに注目しています。自民党の裏金問題もなんとなくうやむやなままに次の選挙に向かうのでは、とどんよりとした気分になっているところに、うっかりすると見過ごしてしまいそうなニュースに目が留まりました。公益財団法人KDDI財団の理事長が覚醒剤取締法違反の疑いで現行犯逮捕されたというのです。時事通信が報じたところによると、7月5日夜、東京都新宿区で捜査員が理事長を職務質問したところ、所持品から「パケ」と呼ばれる小分けの袋に入った覚醒剤が見つかったとしています。また、所持していたのは1gとあり、警察白書(平成3年版)には「覚せい剤の1回の摂取量は、通常、30ミリグラムから50ミリグラム程度と言われている」と記載があるので、20~30回分に相当する量ということになります。薬物は静かに深く浸透している昨年末には当コラムでも「日大アメフト部、大麻事件で廃部決定|違法薬物事件など不祥事の真相に迫る」で大学生に広がる大麻について取り上げました。この時には学校経営者やその職員に向けたリスク喚起でしたが、もちろん薬物は社会人にも広く広がっています。公益財団法人麻薬・覚せい剤乱用防止センターの薬物事犯関連ヘッドラインニュースページを見ると、ほぼ毎日薬物事犯の検挙・摘発などが報道されていることがわかります。報道されるのは所持や譲渡・密売で、未発表の事案や報道されない薬物使用での摘発まで含めると更に多くの薬物関連の犯罪・事案が連日どこかで発生していることは容易に想像がつきます。学生や若者は興味本位の軽い気持ちから手を出したり、ある者はタバコと嘘をつかれて大麻を吸わされたり、またある者はストレスやプレッシャーで弱っているところにつけ込まれたりと、いつの間にか薬物は静かに深く浸透しています。公益財団法人は、「公益社団法人及び公益財団法人の認定等に関する法律」に基づいて設立された「公益事業を行う法人」です。民間の組織とはいえ、社会貢献を目的に活動する団体の理事長が覚醒剤!を所持して現行犯逮捕されたのです。周りから見れば分別もあり社会的な立場もある大人がどうして?と不思議には思いますが、これは現実なのです。薬物を「麻薬」と一括りにできない公益財団法人麻薬・覚せい剤乱用防止センターの薬物事犯関連ヘッドラインニュースページでは薬物の分類が「大麻」「覚醒剤」「その他」と分けられていますが、これは単に麻薬の種類を分類しているだけではありません。薬物の種類によって取り締まる国内法が分かれていて、覚醒剤は覚醒剤取締法、大麻は大麻取締法、あへん・けし等はあへん法、麻薬(コカイン・MDMA等合成麻薬・LSD等)は麻薬及び向精神薬取締法と刑罰もそれぞれで違います。シンナーや危険ドラッグなどもまた別な法律で規制されています。麻薬とひとくくりにしがちですが、それぞれの薬物はその作用や体への影響、依存度も違います。警察や薬物関連注意喚起サイトの説明文では、覚醒剤は乱用薬物の中でも特に中毒性・依存性が強く、覚醒剤が切れると激しい脱力感や疲労感に襲われ、それを解消するため繰り返し使用し自分でなかなかやめられなくなり、連続して乱用するようになるとあります。乱用を続けると幻覚や妄想等の病状も現れます。乱用する人間の精神や身体をボロボロにし、人間としての生活を営むことをできなくするだけでなく、場合によっては死亡することもあります。理事長はそのような危険な薬物に何故手を出してしまったのでしょう?公益財団法人の理事長とは公益財団法人といえば、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会もそうでした。当時の森喜朗会長(理事長)が突然辞任したときに、後任選びが紛糾したことを思い出します。公益財団法人の理事・代表理事(理事長)の選任に関しては、定款に定められていてそれに従った手続きを経て決定されます。KDDI財団でも定款に規定してあり、法人法に従って選任された無報酬の評議員によって構成される評議員会で選任された理事によって構成される理事会において、代表理事(理事長)を選任すると定められています。本コラム執筆時点(7月20日)では、KDDI財団のウェブサイトの役員名簿には理事長の逮捕を受けて代表理事(理事長)の記載は無く、専務理事を含む9人の理事と2名の監事のみが掲載されています。専務理事は所属が財団であり常勤だと思われ、理事長についても同様の常勤職員だったと思われます。覚醒剤に手を出したのは理事長就任後なのか、それともそれ以前からだったのでしょうか。もしも理事長就任前からの常用者だったとすれば、選任過程での身体検査が問われることになります。ここでも後任選びは難航するでしょう。「反社会的勢力排除条項」違反となればKDDI財団の理事長は1gの覚醒剤を所持していたとされますが、これが自分で使用するためのものであればその量から常用していたと考えられます。長期、継続的に覚醒剤を使用していたのであれば、その入手先や入手方法、さらには家族や勤務先周辺へも聞き取りや操作範囲が広がるのは必至です。場合によっては様々な契約時に今は必ず記載される「反社会的勢力排除条項」に抵触する事も考えられ、これから様々なところに広範囲に影響が及ぶことは容易に想像が付きます。先に、薬物はいつの間にか静かに深く浸透していると書きましたが、どの会社・組織の経営者や従業員でも薬物に手を出している者がいる可能性は否定できません。薬物を買う事は、間接的に反社会的勢力に資金等を提供することになります。反社会的勢力と社会的に非難されるべき関係にあるとも見なされます。経営陣が覚醒剤などの薬物を買っていたとなると、今では様々な契約書に記載されている「反社会的勢力排除条項」によっては、契約が解除されることにもなりかねません。取引そのものを打ち切られる可能性もあります。経営者や従業員のプライベートな行為とはいえ、薬物との関わりを持つことは、企業にとって大きなリスクとなるのです。経営者や従業員だけでなくその家族においても、薬物との関わりを持たない、持たせないための啓発活動は、企業経営にとって重要なミッションと言えます。