上場後10か月で上場取り消しになったオルツこの夏起きた株式会社オルツの粉飾決算事件が、スタートアップ界隈で投資家やIT業界の経営者を驚かせました。売上の多くが虚偽であったことが第三者委員会で判明し、7月30日に民事再生手続開始申立てをし、今年初の上場企業の倒産となりました。オルツは昨年10月に東証グロース市場に上場したばかりですが、東京証券取引所は8月31日に上場廃止を決定しました。資金調達・上場のためには相応の売り上げ実績が求められます。AI領域で注目され、スタートアップとして急速な成長と上場後の株価期待などが、オルツの経営陣に売上を“演出”するプレッシャーになったとの指摘があります。売上高やユーザー数・アカウント数などの外向きの数字を実態以上に大きく見せようとしたのです。資金調達やIPOを目指すスタートアップは、その成長性や信頼性、将来性を演出するために、外向きの“見た目”を盛りがちです。数字以外でも“見た目”や“立地”がわかりやすいオフィスにも過剰に投資しがちです。 4年連続上昇の基準地価2025年9月、国土交通省が公表した基準地価は全国で4年連続の上昇となり、特に都市部での地価上昇が顕著に表れました。最も地価が高かったのは東京・銀座2丁目の「明治屋銀座ビル」。1平方メートル当たり4690万円!ちょっと郊外に足を伸ばせば一戸建てが買えそうな金額です。今年に入って、賃貸マンションの大幅値上げが度々話題になっています。住宅や商業施設の賃料が上がるのと同時にオフィス賃料も新築高層ビルを中心に堅調に推移する一方で、古いビルや立地の悪いオフィス、設備・交通アクセス・ビル管理の質などが低い物件は空室・賃料下落圧力を受けやすい、という構造変化が進んでいます。スタートアップが都心の一等地にお洒落なオフィスを構える例も増えていますが、これだけ都心の地価・賃料が上がっている中、その投資は果たして健全なのでしょうか?地価が上がり、オフィス賃料も2極化が進む中、スタートアップにとってのオフィスへの投資について考えてみます。 オフィスにお金を掛けるメリット投資家や取引先を迎える際、立地やデザインに優れたオフィスは「この企業は成長性がある」「信頼できる」という印象を与えます。IPO準備期や資金調達ラウンドでは特に外見が重視される局面も多く、オフィスの存在はブランディングの一部になり得ます。また、都心の利便性の高い場所や快適な環境は、優秀な人材の採用競争において有利に働きます。社員が誇りを持って働ける空間は、定着率や生産性の向上にも寄与します。一等地はVCや専門家、顧客企業へのアクセスが容易で、面談や交流の機会も増えます。近接性がもたらすシナジーはスタートアップの成長に直結する可能性があります。規模拡大に合わせてオフィスを刷新することは、社内外に向けて「次のステージへ進んだ」というシグナルにもなります。投資家やメディアに対してもインパクトを与えやすい場面です。 オフィス投資に潜むリスク一方で高額な賃料や管理費はキャッシュフローを圧迫します。長期契約や大きな敷金は、環境変化に迅速に対応できない要因にもなり、資金調達が計画通り進まなければ資金繰りに直結するリスクとなりえます。プロダクト開発やマーケティング、人材育成といった本質的成長のための投資も必要ですから、優先順位を誤れば競争力を削ぐことにつながります。経営者は景気後退や金利上昇により、固定費が重くのしかかるリスクを常に想定する必要があります。一等地のオフィスは外見上の安心材料にはなりますが、実態が伴わなければ逆効果です。冒頭に紹介したオルツ社の所在地を確認すると、港区六本木の「新六本木ビル(SENQ六本木 402)」とあります。研究開発を事業の中核として2014年に江東区で創業し、会社の成長とともに2017年に千代田区、2019年に港区(現住所ビル)に本店を移転しています。現在の所在地はシェアオフィスSENQ六本木です。登記・住所利用も可能なルーム会員で99.64㎡の402号室を契約していると考えられます。2019年の移転時には93.18㎡の703号室でしたが、ビル内で引っ越しをして402号室に移ったようです。従業員数23名に対して約100㎡のオフィス。全員出社してオフィスを使用するとしたら、一人当たり約4㎡ですから、労働安全衛生法に基づく「事務所衛生基準規則」の1人あたり床面積の最低基準(労働者一人について、10立方メートル以上。天井高2.5mとすると4㎡)をやっと満たす広さです。恐らく開発スタッフなどはリモートワークなども取り入れ、レセプションや会議室、カフェコーナー、コワーキングスペースなどの充実した共用スペースをうまく活用して必要最低限の占有スペースに納めているといえます。背伸びをしたオフィスで“見た目”を偽装していたとは言えなさそうです。しかし、六本木という立地ですから賃料は安くはないでしょう。今となっては身の丈に合ったオフィスであったのかが問われそうです。スタートアップが外向けに“信頼・ブランド構築”のための投資をすること自体は悪くありません。単なる「贅沢」ではなく、状況次第で採用力・ブランド力・ビジネス機会を飛躍的に高める“投資”になり得ます。しかし、それが「見かけ上の安心材料」を大量に積み上げる=虚飾に陥ると、後で信頼失墜のコストが非常に大きくなります。スタートアップが費用をかけて“立派なオフィス”を構えるなら、それが将来どのように回収・評価され、あるいは撤退・縮小するときにどのようなコスト・リスクを伴うかを、あらかじめ想定・準備しておくことが必要です。