イラン紛争で石油備蓄を放出2月末、トランプ政権(もはやアメリカとは言い難い)とイスラエルが突然イラン最高指導者のハメネイ師を殺害、軍事施設の攻撃を開始しました。当然イランも反撃を開始し、カタールやUAEなど周辺諸国のアメリカ軍基地や施設だけでなく、LNG拠点などエネルギー施設にも攻撃を加えました。更にペルシャ湾のタンカーを攻撃したりとホルムズ海峡を事実上封鎖したことで、原油を始めとする中東からのエネルギー供給がほぼストップ。日本までは海路で約3週間かかることから、3月下旬から原油やLNGなど中東からの荷物がほぼ届かなくなりました。原油先物価格が急上昇し、エネルギー危機を懸念し世界経済に暗雲が立ち込めています。国際エネルギー機関IEA加盟国は備蓄石油の協調放出に合意し、エネルギー危機の10項目(航空機による移動を避ける、可能な限り在宅勤務を行うなど)の対策を提示しました。日本は、独自に民間・政府備蓄で254日分あるとしている国内備蓄石油の放出を発表。まず、民間備蓄の放出(現実的には在庫調整)に踏み切り、3月26日から政府備蓄の原油の放出が始まりました。備蓄にフォーカスが当たるニュースが続く政府備蓄の原油放出が発表された同じ日、内閣府は南海トラフ大地震と首都直下地震のシミュレーション動画の最新版を内閣府共通ストリーミングで公開しました。YouTubeの内閣府防災チャンネルにもアップされています。更に3月30日には「富士山の大規模噴火と広域降灰への対策―日頃からの備えを日常に」を公開し、ニュースでも大きく取り上げられました。この3つの動画で共通して強調されているのが「備蓄」です。各家庭で飲料水や食料、常備薬、簡易トイレなど最低3日~7日分の備蓄を呼びかけています。思い起こせば、昨年は米不足対策として約100万トンあった政府備蓄米を段階的に約80万トン緊急放出してしのぎました。その過程で、物流や精米能力のキャパシティなど新たな課題も露見し、備蓄方法の再検討が行われているようです。石油の備蓄放出は開始されましたが、石油元売りの供給制限や石油製品の卸の売り渋り、価格の上昇などが懸念されています。備蓄が254日分あると言っても、それまでにイラン紛争は治まるのか、ホルムズ海峡が安全に航行できるようになるのかは不透明です。中東情勢だけでなく、中国のレアアースや肥料などの輸出規制の影響などで、さまざまな物の供給・流通に懸念が生じています。備蓄は「安心」のためではなく「時間」を買うためのもの備蓄とは単に「足りなくなったときの予備」ではありません。備蓄の本質は、供給が止まった直後の混乱をしのぎ、次の手を打つまでの時間を買うことにあります。国家備蓄の石油も、家庭の防災備蓄も、その役割は同じです。危機そのものを解決するわけではありませんが、初動の混乱を抑え、社会や生活を維持するための“つなぎ”になります。そしてこれは、そのまま企業にも当てはまります。企業にとっての備蓄は「非常食」だけではない備蓄というと、飲料水や非常食、簡易トイレ、毛布などの防災用品を思い浮かべるケースが多いと思います。もちろん、従業員の安全確保や帰宅困難者対策として、最低3日、できれば7日分の備蓄は欠かせません。しかし、人命を守るための備蓄に加えて、事業を止めないための備蓄も必要です。たとえば、原材料、部材、包装資材、燃料、補修部品、発電機用の軽油、通信手段、代替輸送手段などです。今回のような石油危機は、単に燃料価格が上がるだけではありません。物流費の高騰、納期遅延、電力コスト上昇、輸入資材の不足、石油関連製品の供給不足など、企業活動のあらゆる場面に波及します。自社が石油を大量に使っていなくても、取引先や物流網が影響を受ければ、事業は簡単に止まってしまいます。重要なのは、単に在庫を多く持つことではありません。必要なのは、何が止まるとダメージが大きいのかを把握し、それが止まったときに切り替えられる備えを整えることです。たとえば、主要原材料は何日分あるのか特定国・特定港・特定仕入れ先などへの依存はどの程度かなどを平時から把握しておく必要があります。そして供給が停まったときに代替サプライヤーは確保できているか燃料や電力が制限された場合、どの事業を優先するのか物流が滞ったとき、どの顧客への供給を優先するのかといったことを決めておく必要があります。つまり企業に求められるのは、モノの備蓄だけでなく、判断の備蓄でもあるのです。「備蓄」と「BCP」は切り離さないここで重要になるのが、BCP(事業継続計画)です。備蓄だけあっても、どの在庫を、誰の判断で、どの順番で使うのかが決まっていなければ、危機時には機能しません。倉庫に物資があっても所在が分からない、拠点間で融通できない、代替品の使用承認が下りない…こうした事態は、実際によく起こります。BCPとは、単なる「災害時マニュアル」ではありません。事業が止まることを前提に、何を守り、何を優先し、どう復旧するかを決めておく経営計画です。その中に備蓄を位置づけなければ、備蓄はただの“安心材料”で終わってしまいます。過去5年を振り返っただけでも地震・豪雨などの自然災害だけでなく、パンデミック、地政学リスク、輸出規制、エネルギー供給不安といった様々な危機が日本を襲っています。その危機は「長引く」ことを前提にしたBCPが求められます。これまでのような「災害が起きたら数日耐える」だけでは足りません。数週間から数カ月単位で供給が細る事態を想定し、在庫政策や代替調達、物流ルート、優先顧客対応まで含めて見直す時期に来ています。国家が放出する時代に、企業は何を備えるべきか米に続き、石油まで備蓄が放出される時代になりました。それは、私たちが「必要なものは必要な時に手に入る」という前提の上では、もはや生きられなくなりつつあることを意味しています。国家は備蓄を持ち、家庭にも備えを求めています。その中で企業だけが、「必要になったら調達すればよい」という発想のままでよいはずがありません。不確実性が常態化した時代、止まると困るものを見極め、一定期間をしのぐための備蓄を持ち、さらにそれを使いこなすBCPを整えることが求められます。