個人の堕落よりも制度が誘発した詐取事件プルデンシャル生命やジブラルタ生命、ソニー生命など顧客から現金を詐取する事件があいついで発覚しています。昭和の時代にこのような事件が発覚すると、大抵は酒・ギャンブル・風俗といった個人的な快楽消費「飲む・打つ・買う」が背景にあったものです。多くは可処分所得を超えた支出から借金や横領へと発展する、いわば典型的な浪費型リスクでした。しかし今年相次いで報道されている生保スタッフによる現金詐取事件の背景は違っています。事件について各社が謝罪・発表したように、フルコミッション(完全歩合)の圧力や成績が収入に直結する個人営業(半独立)モデルであり会社の管理が追いつかないなど、「個人の堕落」よりも「制度が誘発している」側面が強いのです。各社は新規営業の自粛などを発表し、制度の見直しをするとしています。それでは令和の現在、個人的な欲求を満たすための「飲む・打つ・買う」で身を崩すのはどういう人なのでしょうか?昭和的にわかりやすく堕落する例もあるでしょうが、今の若者はお酒や恋愛にお金を使うのを良しとしない傾向もあります。それなのにオンラインギャンブル(公営のみならず非合法のオンラインカジノも)やホスト、“推し”に大金をつぎ込み、借金でクビがまわらなくなっています。「飲む」はホストやコンセプトカフェの支出に、「打つ」はオンラインギャンブル、「買う」は“推し”への投資と置き換えればわかりやすいでしょうか。「飲む・打つ・買う」の令和型変質「飲む」は現在では単なる飲食ではなく、ホストクラブやコンセプトカフェなどに代表される「疑似的な人間関係への課金」に変わっています。顧客はサービスを消費しているというよりも、特定の相手との関係を維持するために支出している感覚を持ちます。場合によっては「お願い」されるままにそれに応え、支出は一時的なものではなく継続的なコストとして積み上がっていきます。「打つ」は、オンライン化によって性質が大きく変わりました。従来のような時間や場所の制約がなくなり、スマートフォン一つでいつでもアクセスできる環境が整っています。さらに決済手段もカードや後払いで手元に現金がなくても参加できるので、損失が短時間で膨らみやすく、「やめるきっかけ」が極めて弱い構造になり、依存性も高くなっています。そして「買う」は、物欲から承認欲求へと重心が移っています。アイドルや配信者への投げ銭やグッズ購入は、単なる消費ではなく「認知されたい」「応援したい」という動機に支えられています。支出額そのものが関係の深さや自己価値の指標となりやすく、消費行動と自己認識が密接に結びついていきます。こうした変化の背景には、依存を加速させる環境の存在があります。スマートフォンによる常時接続、クレジットカードや後払いによる即時決済、さらにSNSによる関係性の可視化と承認欲求。これらが組み合わさることで、消費は単発の行為ではなく関係を維持するための手段となります。その結果、支出は固定費のように扱われ、削減が心理的に難しくなります。やめることは単に支出を止めることではなく、関係を断つことを意味するため、強い抵抗が生じるのです。この構造が、従来よりも深刻で持続的なリスクを生み出しています。令和型「飲む・打つ・買う」の企業リスクへの波及このような私的依存は、やがて企業活動にも影響を及ぼします。まず表れるのは、勤務態度やパフォーマンスの不安定化です。深夜までの活動や精神的な浮き沈みにより、遅刻や欠勤、判断ミスが増加します。資金需要に追われることで短期的な成果を優先し、無理な契約や不適切な対応をしてしまうことにも繋がります。さらに進むと、コンプライアンス上の逸脱が生じます。経費の不正利用や精算の遅れといった小さな問題から始まり、徐々に常態化していきます。本人に明確な罪悪感がなく、「一時的に借りているだけ」という認識にとどまることが少なくありません。そして最終的には、不正行為へと発展します。資金繰りが行き詰まると、顧客からの借入や売上金の流用、さらには架空取引といった行為に踏み込むケースも見られます。これらの不正の背景にあるのが「生活維持」ではなく「関係維持」が目的である点が深刻です。かつては快楽のための浪費が問題でしたが、現在は承認や関係を維持するための(本人にとって)合理的行動として消費が行われます。そのため本人にとっては「問題行動が合理的に見えてしまうこと」で悪いことをしているという自覚を持ちにくく、結果として問題の発見が遅れがちになります。この点が、従来の管理手法では対応しきれない理由でもあります。企業に求められる「不正が成立しにくい構造+兆候の早期検知」こうしたリスクに対しては、個人のモラルや自制心に依存する対策では十分ではありません。個人の裁量で不正が成立しないよう、権限の分離や例外処理の厳格化を進める必要があります。さらに、顧客との私的な金銭授受など、逸脱につながりやすい行為については明確なルールを設け、その境界線を組織内で共有しておくことが不可欠です。重要なのは、業務プロセスとデータに基づいた構造的な管理です。勤怠や経費、売上といった複数の情報を横断的にモニタリングし、小さな異常を早期に検知する仕組みが求められます。休日明けの遅刻が多い、精算遅延、領収書不備、小口現金の一時流用(「後で戻す」)など、小さな異常でも記録(レコード)を積み重ねることが重要です。令和の「飲む・打つ・買う」は、表面的には目立ちにくいものの、実際には静かに進行し、ある時点で一気に顕在化するリスクを内包しています。個人の嗜好や生活の問題にとどまらず、企業の信用や事業継続にも直結します。したがって企業としては、これを個人の問題として切り離すのではなく、構造的なリスクとして捉え、早期検知と予防の仕組みを整備することが重要です。小さな兆候を見逃さず、早い段階で対応することが、現代の危機管理において最も実効性の高いアプローチと言えるでしょう。