西日本シティ銀行で発生したBeReal起点の情報漏洩4月29日、福岡市に本店を置く西日本シティ銀行下関支店の行員が、執務室内の映像を“BeReal.”(フランス発の若年層に人気のSNS)に投稿し、それがSNS上で拡散されました。翌4月30日、西日本シティ銀行は、動画に映り込んだホワイトボードに顧客7人の氏名が記載されていたとして、「お詫びとお知らせ」と題した謝罪文を公式サイトとX(旧Twitter)に掲載しました。しかし、この謝罪文そのものが新たな炎上の火種となります。謝罪文は、「当行職員がインターネット上に投稿した営業店執務室内を撮影した動画や画像が、拡散された事案が判明いたしました」という一文から始まっていました。これでは、あたかも問題の本質が「拡散されたこと」にあるようにも受け取られかねません。案の定、SNS上では「拡散されなければ問題なかったということか」「ネットが悪いと言いたいのか」といった批判が相次ぎました。また、映像に映ったホワイトボードの表題が「2024年下期業務目標」であったことから、「今回だけでなく以前から執務室内で撮影が行われていたのではないか」との指摘もあり、西日本シティ銀行の対応や管理体制に疑問の声が集まりました。管理体制の不備も明らかに5月12日、西日本シティ銀行の決算発表記者会見で、村上英之頭取は改めて謝罪しました。会見では、当初7人としていた顧客情報が実際には8人分であり、そのうち1人については住所も閲覧可能な状態だったことが明らかになりました。さらに、19法人の名称も外部から閲覧可能な状態になっていたと説明されました。加えて、当該行員は私有スマートフォンの持ち込みが原則禁止されているにもかかわらず、2025年1月から10月頃にかけて下関支店の執務室内で撮影した動画をSNSへ投稿していたことも判明しました。行員のスマートフォンには不適切な画像が9件あり、そのうち少なくとも7件がX上で閲覧可能な状態だったことも公表されています。長期間にわたり私有スマートフォンが執務室内で使用されていた事実は、「誰も問題視していなかったのか」「持ち込み禁止は建前に過ぎなかったのではないか」といった疑問を生みました。コンプライアンスが厳しく求められる銀行業界において、管理体制の実効性そのものが問われる事態となったのです。そして、この事件をきっかけに、BeRealを起点とした情報漏洩リスクにも改めて注目が集まることになりました。“BeReal.”はなぜ情報漏洩を招くのか“BeReal.”は、毎日ランダムな時間に通知される2分間の「BeRealタイム」に、スマートフォンの前面カメラと背面カメラを使って、自分と周囲の風景を同時に撮影・共有するSNSです。加工された写真や演出された日常ではなく、その瞬間の「ありのまま」を共有することをコンセプトとしており、主にZ世代を中心に利用者を増やしてきました。特徴的なのは、「BeRealタイム」に投稿しなければ友人の投稿が見られない仕組みです。後から投稿すれば閲覧は可能になりますが、多くの利用者にとってリアルタイム参加には大きな意味があります。また、投稿は友人限定で共有され、次の「BeRealタイム」が来ると自動的に消えます。しかし、スクリーンショットやスマートフォンの画面録画機能による保存は可能であり、一度保存された画像や動画は他のSNSへ転載できます。西日本シティ銀行の事案も、友人間の限定公開だった投稿が保存され、他のSNSへ転載されたことで社会問題化したと考えられます。「リアル」を求める仕組みが生むリスク“BeReal.”は、「映え」や「リア充」の演出に疲れた若者たちが、友人同士で自然体の日常を共有するためのツールとして支持を集めてきました。同じ瞬間を共有するライブ感は、まるで同じイベントに参加しているような一体感を生み出します。その魅力が利用者を惹きつけているのでしょう。しかし企業の視点で見ると、この仕組みには別の側面もあります。通知が来た瞬間に投稿しなければならないという心理的なプレッシャーは、「今この瞬間を撮らなければ」という衝動を生み出します。その結果、職場や執務室、あるいは顧客情報が映り込む可能性のある環境であっても、深く考えずに撮影してしまうリスクが高まります。“BeReal.”の危険性は、悪意ある情報窃取ではなく、「何気ない日常の共有」が情報漏洩につながり得る点にあるのです。私が思い出した「不幸の手紙」この事件を見て、私は子どもの頃に流行した「不幸の手紙」を思い出しました。不幸の手紙とは、「この手紙を受け取った人は○日以内に○人へ同じ内容を送ってください。送らなければ不幸になります」といった内容が書かれた手紙やはがきです。当時はクラス名簿に住所や電話番号が掲載されており、多くの子どもたちはその名簿を見ながら次の送り先を決めていました。その結果、クラス中に手紙が広がり、ときには特定の児童に集中して届くなど、いじめに近い状況が生まれることもありました。学校では教師が「不幸の手紙は無視するように」と注意喚起するほどの社会問題になっていたのです。“BeReal.”は令和版の「不幸の手紙」なのか不幸の手紙の特徴は、「次へ回さなければならない」という心理的圧力を受け取った人に与えることでした。そして、周囲もまた「送ったかどうか」を気にすることで、互いを監視し合うような空気が生まれていました。“BeReal.”もまた、友人同士で同じ瞬間を共有するSNSです。しかし見方を変えれば、「今参加しているか」「なぜ参加していないのか」を互いに確認し合う、緩やかな相互監視の仕組みとも言えます。利用者の中には、「BeRealタイムに参加しなければ」という強迫観念に近い感覚を抱く人もいるでしょう。参加しないことに後ろめたさを感じたり、説明を求められたりすることもあるかもしれません。その意味で“BeReal.”は、かつての不幸の手紙のように、人々を一定の行動へと駆り立てる心理的な力を持っているようにも見えます。そして西日本シティ銀行の事案では、投稿した行員本人が特定され、本名や顔写真、過去の投稿まで拡散される事態となりました。友人との何気ない共有のつもりだった投稿が、自らを追い詰める結果になってしまったのです。まさにBeRealが「不幸の手紙」へと変わってしまった瞬間だったのかもしれません。企業が今見直すべきことかつて学校で教師が不幸の手紙への注意喚起を行ったように、企業もまたSNS時代に応じた対策を徹底する必要があります。重要なのは、単に「SNS禁止」と掲げることではありません。スマートフォン持ち込み可・不可エリアの明確化私有端末利用ルールの実効性確認SNS利用に関する定期的な教育BeRealを含む新しいSNSの特性理解「悪意のない投稿」が情報漏洩につながる事例の共有こうした取り組みを継続的に行うことが求められます。情報漏洩のリスクは、もはや内部不正やサイバー攻撃だけではありません。日常を共有したいというごく自然な欲求が、企業にとって重大なリスクへと変わる時代になっています。西日本シティ銀行の事案は、そのことを企業に改めて突き付けた象徴的な出来事だったと言えるでしょう。