6月17日、岸田文雄首相は「内閣感染症危機管理庁」の新設を決定しました。同時に日本版CDCの創設についても公言しています。これは、新型コロナウイルスの感染流行の次に起こり得る感染症危機に備えたものです。ただ、この決定は、公約であった司令塔機能強化策のとりまとめを参院選公示直前に間に合わせようとした辻褄合わせともいわれています。そのため、実際に新たな感染症の流行が起きたときに本当に機動的な対応が可能なのか、という疑問の声も上がっています。内閣感染症危機管理庁とは何か「内閣感染症危機管理庁」とは、政府が設置していた「新型コロナウイルス感染症対応に関する有識者会議」の提言で創設されることが決定された行政機関です。現在の「新型コロナウイルス感染症対策推進本部」と、「新型コロナウイルス等感染症対策推進室」を一元化し、感染症対策の司令塔機能の強化や企画立案、調整を行うことになります。「新型コロナウイルス感染症対策推進本部」には、これまで厚生労働省が医療提供体制などを担わせていました。一方の「新型コロナウイルス等感染症対策推進室」には、内閣官房が行動制限などを進めさせていました。内閣感染症危機管理庁に期待されているのは、感染症に対応する部門が複数の省庁にまたがっていたことで業務が被る弊害を解消することです。たとえば、これまで医療体制やワクチン接種体制、保健所支援等などを厚生労働省が担当し、緊急事態宣言などの行動制限や経済政策関連は内閣官房が担当していました。また、3回目のワクチン接種も内閣官房は急ごうとしていたのに対し、厚生労働省は科学的根拠や供給量を懸念して慎重な姿勢を示していました。さらに抗原定性検査キットについても内閣官房は行動制限の緩和に利用しようとしたのに対し、厚生労働省は精度が劣るとして推奨しませんでした。以上のような状況から政府の方針決定に時間がかかり、国民に混乱をもたらした原因が縦割り行政にあるとの反省がされています。そのため、今後新たな感染症が流行した際に、対応部門の一元化を目指すべきだと考えられました。拙速感がある危機管理庁の設置決定内閣感染症危機管理庁の設置は、新型コロナウイルスの感染流行の対応において、省庁をまたいだ縦割り行政が混乱を招いたという反省が動機になっています。実際、ワクチンの入手や輸送、保管、医療従事者の確保、ワクチン接種の記録などについても、厚生労働省や総務省、各自治体の連携に混乱が生じたことが指摘されています。そのため一元化した内閣感染症危機管理庁では、平時から感染症危機管理監(仮称)をトップに関係省庁の職員を数十人規模で常駐させることが想定されています。そして平時から医療体制の拡充などの対策を進めておき、有事には予めリストアップしておいた関係省庁の職員1000人規模を即時に招集できる体制を整えることを目指しています。しかし、内閣感染症危機管理庁設置の決定は、参院選向けのイメージづくりとして拙速だったのではないかともいわれています。つまり、1月の通常国会の施政方針演説で語られた「これ迄の対応を客観的に評価し、次の感染症危機に備えて、本年6月を目途に、危機に迅速•的確に対応する為の司令塔機能の強化や、感染症法の在り方、保健医療体制の確保等、中長期的観点から必要な対応を取りまとめる」(※1)という公約に対し、慌てて実現したともとれるのです。※1 自由民主党『第208回国会における岸田内閣総理大臣施政方針演説』検証が不十分であった有識者会議岸田首相は永井良三自治医科大学長を座長とする有識者会議を設置しましたが、5月11日の初会合から6月15日の報告書がまとまるまでにわずか5回の会議しか行っていません。しかも岸田首相は、報告書がまとまったその日に記者会見を開いており、この記者会見ありきの有識者会議だったとの印象もぬぐえません。5回の会議の内2回のみを経済関係者や医療関係者のヒアリングに当てていますが、コロナ禍の政策決定に関与した安倍(故人)・菅両元首相をはじめとする政治家や官僚へのヒアリングは行われませんでした。永井座長も同月21日の記者会見では、「全部の検証はできないと思っていた」「全部検証するには何年もかかり、しかも巨大な組織が必要だ」と述べています。これは緊急事態宣言やまん延防止等重点措置などの政府の対応についても議論は尽くされなかったとの見解が述べられたと解されており、検証が不十分であったことを示唆しています。(※2)このような拙速な印象を持たれた決定に対し、「既存組織の看板の掛け替えに終わる」と語る厚労相経験者もいると報道されています。(※3)※2 日本経済新聞『コロナ対応「全ては検証できず」 政府会議座長が会見』※3 時事ドットコム『岸田首相公約で「帳尻合わせ」 危機管理庁、実効性不透明―新型コロナ』独立性や権限が未知数な日本版CDC構想岸田首相は、内閣感染症危機管理庁の設置の決定と共に、2025年以降に「日本版CDC」を創設する方針も掲げました。(※4)日本版CDCは、アメリカのCDC(Centers for Disease Control and Prevention:アメリカ疾病予防管理センター)を手本にしています。感染症などの基礎的な研究を行っている「国立感染症研究所」と、臨床と治療までを行っている「国立国際医療研究センター」を統合し、厚生労働省内に新設する「感染症対策部」の傘下に設置されます。日本版CDCを設置することで、感染症に対する治療法やワクチンの速やかな開発が行われて政策が支えられることが期待されています。つまり、現在は別々に行われている感染症研究と感染症対策の一元化を目指し、疫学調査から臨床研究までの科学的知見の集約と情報発信までを担うことを目的としているのです。また、有事の際には、日本版CDCは内閣感染症危機管理庁と連携して一元的に感染症対策を行うとされています。手本としているCDCは、米国内のみならず60カ国以上に拠点を構えており、「世界の人々の健康と安全の保護」を主導する司令塔として1万人以上のスタッフを抱える巨大な組織です(※5)。この感染症対策においては世界最高峰の能力を持ち機能を担っているCDCに、日本版CDCがどこまで近づけるのか、まだわかりません。また、政府からの独立性や権限も、どこまで持たせることができるのか未知数です。※4 首相官邸ホームページ『令和4年6月17日 新型コロナウイルス感染症対策本部(第93回)』※5 FederalPay.orgさらなる検証と機能的な組織編成へ以上のように、内閣感染症危機管理庁は決定までの拙速さに疑問が残るものの、決定したこと自体は評価できるでしょう。ただし、コロナ禍への対応に対する反省を生かす意味においては、さらなる検証と機能的な組織の編成が急がれます。政府の分科会のメンバーで東邦大学の舘田一博教授は、「第7波のピークは越えつつある。ただ、いまでも第6波のピークを大きく上回る感染者が確認され、医療現場のひっ迫は続いている。誰もが感染してもおかしくないという状況は変わらない」と語っています。(※6)この状況を脱するためにも、科学的根拠に基づいたより明確なコロナ禍からの出口戦略を国民に示す必要があります。また、次なる感染症流行への速やかな対応を行えるためにも、内閣感染症危機管理庁と日本版CDCが、機能的な組織として立ち上がることを期待したいところです。一方、行動規制やワクチン接種の強制力が強化される可能性もあります。今回のコロナ渦における行動規制でも、例えば飲食店は営業時間の短縮や休業などにより営業形態を変えることで経営を維持しようとしました。しかし、十分な補償よりも先に行動規制が行われたことにより閉店や倒産に追い込まれた事業者も多く出ました。また、海外も含めたサプライチェーンの停止により事業の継続が困難に陥る事業者も多く出ました。海外と比較した場合の事業者に対する補償の遅れと予算規模の小ささは、財務省や政府による均衡財政主義(財政均衡主義)によります。現政権を見る限り、この主義は今後も継続されるでしょう。すなわち、内閣感染症危機管理庁や日本版CDCといった司令塔機能の一元化と強化は、次の感染症流行が発生した際には、コロナ禍以上に補償なき行動規制が速やかに進められる可能性があります。したがって企業は、行動規制が行われても事業の継続性を維持できるように、ビジネスモデルを迅速に変更できる柔軟性を持ち、一つの産業に偏らない多角化を進め、財務体質の強化を進めておく必要があります。※6 NHK『新型コロナ新規感染者 1週間平均比較 全都道府県で減少傾向』