ジャニーズ事務所が2回目の記者会見を開き、新体制についての発表を行いました。その2日後、質問者のNGリストがあったとNHKが報じ、メディア各社は大騒ぎを始めます。結果、記者会見内容よりもNGリストを大きく報じるようになってしまいました。このNGリストについて、ジャニーズ事務所、FTIコンサルティング、司会者などそれぞれがコメントをしていましたが、10月10日にジャニーズ事務所が公式サイトのINFORMATIONにNGリストの外部流出事案に関する事実調査についてとするお知らせをアップしました。ここには、FTIコンサルティングと契約するに至った経緯(記者会見の設営・運営を依頼)、記者会見時間を2時間に制限するに至った理由、NGリストの作成経緯と運用、などについて細かく記載してあります。しかし、ここに記されていることが必ずしも真実とは考えづらい状況です。まず、記者会見の設営・運営をわざわざ外資系コンサルティング会社に依頼する意味がわかりません。FTIコンサルティングに相談した事による混乱前回のジャニーズ事務所の謝罪会見に触れたこのコラムでは、FTIコンサルティングが高い視点で驚くような改革案を提言するかもしれないと期待していましたが、記者会見での混乱ばかりがクローズアップされる事になってしまいました。残念ながらアメリカの会社であることが裏目に出たようですINFORMATIONに記載した経緯によれば、FTIコンサルティングと契約したのは記者会見の運営のためとしていますが、それよりも解体的出直しのサポートに期待してだと私は今でも考えています。記者会見の仕切りだけなら、日本のメディアを良く知る国内のPR会社に依頼する方が確実です。案の定、記者会見の仕切りに関しては、NGリストの扱いが全てを台無しにしたように、不慣れであることを露呈してしまいました。クライシスマネジメントの視点では、記者会見で保身や逃げる姿勢を見せてはいけません。そういう意味で、現ジャニーズ事務所の「廃業」という落とし所を最初に提示したのは正解です。しかし、新しく作る会社の立ち位置が曖昧のままで具体的には示されませんでした。今回の記者会見を「プレゼン」と位置づけたのであれば、新体制についてプロジェクターを使うなり手元資料を用意する(配布されていたという話が聞かれないので)なりしてわかりやすく説明すべきでした。提示するための図や資料を準備する段階で、何が足りないか、どんな質問が出そうかなども整理できたはずです。その過程で、新会社のディティールや課題もより具体的になったでしょう。しかし、そうはなりませんでした。新会社を「エージェント会社」にと提案したのもFTIコンサルティングだと思われますが、「エージェント制」はアメリカでは一般的でも日本では馴染みがありません。この記者会見を見た所属タレントも混乱しているでしょう。現ジャニーズ事務所と完全に切り離して新会社を設立するとなると、出資者は誰なのか、ファンクラブや著作権を始めとする無形資産の扱いなども不透明です。FTIコンサルティングはウィキペディアによれば「世界有数の金融コンサルティングファームの1つであり、最高峰のグローバル経営コンサルティングファームの1つ」とあります。本来はこのような企業分割や事業譲渡、事業再生など経営に関するアドバイスは専門分野のはずです。しかし、誰もが疑問に思うであろうことが何も具体的になっておらず、方向性も示されませんでした。ジャニーズ事務所はNGリストが漏れたことを理由にFTIコンサルティングとの契約を解除すると表明しましたが、事業再生コンサルタントとしての力量にも疑問符があったのかもしれません。NGリストは作らなくても出席者のチェックをするのは当たり前そもそも、ジャニーズ事務所にとって10月2日の記者会見は、謝罪会見ではなく新体制・補償方法などの発表。いわば「プレゼン」です。事前に新しい体制についての発表の場だと告げられていましたし、会社を分けることも新しい社名も一部メディアで報じられていました。まさかそんなことも知らずに会場に行く記者もいないでしょう。何が発表されるのか、どんな点を確認すべきか、どんな質問をすべきかは予め準備して会場に行くのがジャーナリストの常識です。今回、NG&優先指名リストの存在が明らかになったことで、リスト作成の是非などが盛んに語られています。しかし、リストとして形にしなくても、要注意メディアや記者を事前にピックアップし共有するということは、企業広報やリスクコンサルタントにとっては常識です。どんな質問が出るかもある程度想定しながらQ&Aも準備するのですから。ジャニーズ事務所の記者会見は、テレビ各局とネットメディアが生中継することは事前にわかっていました。2時間というプレゼンを視聴者(被害者を始めとするステークホルダー)にとってより有意義なものにするためには、できるだけ無意味な質問に時間をとられたくありません。しかも、編集ができない生放送では、流すべきではない質問や被害者へのセカンドレイプに繋がるようなセンシティブな質問は避けるべきです。誰もが薄々感じていて、特にファンや被害者当人は口に出したくないし聞きたくもないことを平気で質問する記者がいます。そんな質問しそうなメディア・記者には質問に立って欲しくありません。中にはアクセス数や再生回数を上げたいだけのネットメディアや生放送・生配信で目立ちたいだけ、持論を長々と述べる、演説をするような記者もいます。媒体特性やこれまで(あるいは前回)の記者会見での質問内容などを考慮して、そのようなメディアに対しては個別に対応すべきと考えるのは当然です。メディアが問題にすべきはNGリストではなく、今後の被害者への補償の進め方を具体的に求めることのはずです。これからのことよりも過去のことを追求したいのであれば、全てを知っている元副社長の白波瀬氏への取材・単独インタビューを取り付けるのが一番です。それをどこまで、どのように報じるかも熟考する必要があり、報じるメディアの真価が問われるでしょう。記者会見の準備とメディアとの向き合い方同じ新聞でも、経済面と社会面、スポーツ面など紙面毎に読者の興味関心の対象は違います。その紙面を担当する記者が聞きたいことも変わります。企業がメディアの取材を受ける際には、記者(読者)のニーズに応えるべく情報や素材を準備しなければなりません。通常、企業が記者会見を実施する際(記者クラブでの記者会見などを除く)には、事前に案内して出欠の確認を取ります(今回のジャニーズの記者会見がどのように案内されたかは定かではありません)。会場の机や椅子の設置、配布資料や新商品発表会見であればサンプルの準備なども必要ですので、出席者をできるだけ正確に把握したいのです。出席者が想定よりも多くなりそうだったら、会場を変更する必要も出てきます。当日までに出席予定記者リストが作成され、受付で確認を取りながら記者会見場へ案内というのが一般的な流れです。記者会見の質疑応答の場面では、最初の質問がその後の質問の傾向を決めることもあります。記者会見の進行を考えれば、最初の質問者を誰にするかは重要です。今回の記者会見で司会をしたフリーアナウンサーの松本和也氏は「リストは手元にあっても無いものとして進行した」と表明しています。因みに、この記者会見の最初の質問者は東洋経済(指名候補リストにあり)の記者さんで、経済誌らしい質問からのスタートでした。また、報道によると実際にNGリストにあった6人のうち1人は、質問者24人中6番目に指名されています。一方、NGリストに名前があった記者だけでなく、指名候補者リストに名前があった記者も迷惑だと表明しています。例えば、指名候補者リストに入っていたというNEWS23の藤森キャスターは、番組で自分の名前がそこにあったと知って驚いたと言っていました。しかし私から見れば、藤森キャスターは是非質問して欲しい記者の一人です。BBC放送以後の腰が引けた各局の対応の中、NHKのクローズアップ現代とTBSのNEWS23がいち早く正面から向き合い、芸能界の単なるスキャンダルや過去の話としてではなく、現在もその被害に苦しむ被害者がいる進行中の性加害報道としてきちんと取り上げています。視聴者に何を伝えるべきかをよく考え、十分な取材をして制作している報道番組です。キャスターの興味本位やテレビで質問している場面を流すための質問はしないでしょう(日大アメフト部の記者会見など、テレビ各局の番組毎にそれぞれが、しかも同じような質問が何度も繰り返され批判されました)。生放送を見ている視聴者も、このようなメディア・記者にきちんとした質問をして欲しいと思うはずです。問われるメディアの責任とBPOの存在意義記者会見を伝えるテレビ各局の情報番組は、後出しじゃんけんのように「こうするべきだ」といろんな事を批判しましたが、記者会見の時にそういう質問をすべきでした。メディア各社はNGリストをことさらに取り上げて、メディアへの批判をかわそうとしているようにも見える一方、テレビ各社は社内検証結果を報じたりしています。日本テレビは夕方のnews every で報じると共に、ネットの日テレNEWSで【ジャニーズ“性加害問題”】日本テレビとして自己検証 「マスメディアの沈黙」指摘ふまえ社内調査を実施として、社内検証結果をアップしています。TBSは「報道特集」が社内でアンケートを採るなどして、過去の報道姿勢を検証した結果を10月7日に放送しました。しかし、ネットのTBS NEWS DIGにアップされた動画では、この放送の重要な検証部分は削除されています。とても残念です。10月10日放送のTHE TIMEで安住アナは、これまでの報道特集などの検証は番組毎の独自調査であったとし、今後は局としての検証を進めて行くとコメントしていました。8月29日に「外部専門家による再発防止特別チーム」が記者会見を行い、公表された調査報告書で指摘された「メディアの沈黙」。23年前には国会でも指摘されています(第147回国会 衆議院 青少年問題に関する特別委員会 第5号 平成12年4月13日議事録)が、このときにも特に国も動かず、報道もされていませんでした。私が知る昭和の記者・ジャーナリストにはプライド、矜持がありました。BPOはこのまま何も動かないのでしょうか? BPOの存在意義が問われているともいえます。最後に今回の記者会見の失敗を危機管理広報の視点で振り返ると、社内に広報の専門家がいない事に加え危機に際してサポートを依頼する先を誤ってしまったために招いた混乱も大きいといえます。記者会見後もメディアとの向き合い方に疑問を持たざるを得ないような声明を連発しています。企業危機に際しては、よほどの経験者がいない限り第三者の力を借りずに乗り切ることは困難です。それだけに、誰に救いを求めるかが重要になります。特に謝罪会見などの危機管理広報については、机上の空論では対応できません。経験を積んだスタッフ・メンバーを手配できる、実績のある会社に相談する事が絶対です。また、ジャニーズ性加害問題当事者の会は記者会見のやり直しを求めていますが、やり直しではなく、次の段階(より具体的なタイムラインの明示など)の発表会見の早期開催を求めるべきでしょう。その際には時間制限や1社1問などの制限を無くせば良いと思います。同じ内容の記者会見を2回実施するのは時間の無駄だと思います。